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雨、ド・ヌーヴォー





不動はもともと物事をはっきり言う人だった。それ故に嫌われることももちろんあった。むしろ皮肉は減らないし所謂日本人的にはタブーなことも平気でしたし平気で言った。図太い神経をしているようでここのところ、特に参っているようだった。彼の俯いた横顔が見慣れないからか殊更痛々しい。

雨が降った。騒音にまみれた世界から二人だけをそっと掬いあげたような静かな雨だった。あたりには土の匂いが漂っていて、鼻の先がひんやりと冷たい。

あたりは暗くて彼の後方の街灯だけが、世界に僅かな暖かさをもたらすようにさえ思えた。けれどもうだいぶ長いこと雨に打たれ続け、濡れ続けている。ブランコの鎖を持つ指先がかじかんでいたい。

鎖を離して立ち上がるとブランコはゆれて小さく軋む音がした。濡れた服の袖で鼻をこすった。冷えた指先を擦り合わせる。

「帰ろう。」

彼はブランコに座ったまま顔を上げた。その顔には幾筋もの水滴が伝っていて、けれどそれが雨なのか、それとも涙なのかは分からなかった。彼は小さく呟いた。

「世界はいつだって嘘つきだ。」

それは彼の独り言のようにも思えたし、自分への投げかけのようにも思えて、静かな雨のせいにして聞こえないふりをした。彼は構わないようだった。ただ、暫くしてからブランコの鎖をきつく握り締めた。
彼が口を開く。

「逃げよう。」

彼の声は今までに聞いたことがないくらいにか細かった。突然の言葉に戸惑い、どう答えるべきなのかを必死に考えるけれどそんなもの頭の隅にすらなくて、結局うろたえた後にようやく、「なにから?」と問うのが精一杯だった。

彼は泣きそうに、若しくは泣きながら、小さく微笑むと、彼らしくなく曖昧に、
「さぁ、なんだろうな。」
と言った。それから彼は顔を伏せた。鎖を握り締める指が微かに震えているように見えたのは気のせいだろうか。

しばらく突っ立ったままで居ると、彼は顔を伏せたまま、もう一度「逃げよう。」と呟いた。鼻を啜ると何故か声が出なくなってしまった。慌てて頷く。けれどそれが顔を伏せていた不動にわかったかは甚だ疑問である。

雨音が強くなった。









(混沌とした世界から、)




あとがき

雨音を聞くのが大好きです(関係ない)
20110105



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