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ヴィアラッテの恋






「俺達は随分と昔に出会っていたんだよ。」

望遠鏡を覗き込んでいたヒロトは不動に向き直ると唐突にそういった。彼の深い緑をした瞳は酷く冷えきっている様に見えた。不動は眉をひそめる。

「わからないかな。そっか、不動君は真面目だもんなあ。」

勿体つけるようにそう言うヒロトに不動は気に障る奴だ、と鼻を鳴らす。彼は気にしていないようだった。彼の細い指が赤い自身の髪を撫でた。

「話は長くなるけれど、そうだね、デジャヴ、っていうのは前世の経験じゃないかと思うんだ。前世っていうとさ、昔は自分は人間だったのだろうか、来世は虫なんかにでもなったらたまらない、だとか・・・そんな風に思うかもしれないけど実際は前世も俺で、来世も俺のままなんだよ。」

ヒロトは一度にそれだけ話すと少し微笑んだ。星だとか宇宙だとかロマンだとかその類の話になるといつにも増して饒舌になる彼を不動は胡散臭そうにまじまじと見た。


「そうすると君は前世も君で、来世も君なんだよ。全く同じことが何度も繰り返しているんだ。随分と昔のことだからただ単に忘れているだけの話さ。全く、歴史は繰り返すとは上手くいったものだね。」

彼は満足そうに笑うと又望遠鏡を覗き込んだ。不動はやはり鼻を鳴らしただけだった。


不動は彼の言葉を頭の中で反芻していた。


俺は前世も俺で、来世も俺、らしい。なんだかとてつもない大きなものに襲われて、ふっと後ろから柔らかく引っ張られたような不思議な気分になった。

俺は怖かった。ただひたすら怖かった。いつもは普通に過ごしているのに、何故かふとした瞬間に、俺は消えた後どこに行くのだろう、どこに行けばいいのだろう、と、もやもやとした、けれど身に纏わりついて重くとらえどころのない恐怖に包まれていた。急に怖くなった。生きていることも、死んでいくことも全て怖くなった。長い長い歴史のなかにほんの少しにも満たない自分の存在にただ愕然とした。それなのに俺は生きていた。

そんなことを思いながら不動はゆっくりと空を見上げた。深い闇がじわりと迫ってくる。星は、小さいけれど微かに瞬いていた。あの光は、随分と昔のものだと言っていたのもヒロトだったなと思い出す。

「あと少しすれば天の川の季節になるね。天の川は神秘だと思わないかい。それにまつわる逸話も素敵だね。」

ヒロトは言った。不動が視線を空からヒロトに戻すと彼は再び自身の髪を弄りいかにも楽しそうに微笑む。

「最初に、俺達は随分と昔に出会っていたと言ったね。俺が前世も俺で君が前世も君なら、前世もこうやって一緒に天体観測をしていたんだろうな。」

ヒロトは微笑んだままだった。不動が「お前が無理やり連れてきただけだけどな」と不満そうに嘯いたけれど彼の深い視線は不動を捉えて離さない。そのせいで何故か息苦しくなって焦げ茶色の髪をゆらしながら彼はゆっくりと息を吐いた。

「本当にそう思ってんのかよ」

「もちろんそう思うよ。と言うよりは、俺たちは以前にもこうやって天体観測をしたね。なんだか今とても懐かしい気がする。この風景と、会話と、確かに俺の頭の隅にあったみたい。」

不動はそれを聞いて頭がくらりとした。ヒロトは中々視線を逸らさないから彼も逸らせなかった。


もし、随分と昔にこうやって天体観測をヒロトとしていたなら、なんて気の遠くなるくらい幸せなのだろうか。なぜなら、俺は、生きていた。そして、今も生きている。どうしようもなく泣きたくなった。星を見上げた。あの光は俺が昔生きていた頃の光なのかもしれない、だなんて彼はちらりと思ったりもした。同時に本人には決して言わないと心に決め。



「天の川、織姫と、彦星。彼らが物語っているように思えるよ。俺は少なくともそう思うし、そう思っていたい。そしてこうやって一緒に空を見上げるのが君でよかったと思うよ。」

ヒロトは少し照れくさそうにはにかむと望遠鏡なしに空を見上げた。不動も空を仰ぐ。それからゆっくりといった。

「俺も」

少し言葉が足りなかっただろうかと不動が彼を横目で見るけれど、ヒロトは「知っていたよ」と勿体つけていった。

「天の川が出る頃、又こようよ。」

小さく頷くとヒロトは望遠鏡を片付け始めた。それから立ち上がると彼を見下ろして、柔らかい、淡い笑顔でゆっくりと呟いた。

「また、逢えたね。」

やれやれと不動は少し苦笑いした。彼に続いて立ち上がる。口を開く。

「随分と久しぶりだな。元気してたかよ?」

彼は可笑しそうに笑うと元気だったよ、といった。

ヒロトの腰につけていたラジオがじじじ、と小さく鳴った。どうやら天の川はあと一週間もすれば見えるらしい。

ゆっくりと夜の匂いを吸い込んで不動は一度体を伸ばす。手伝う、と言って彼が支えた望遠鏡は酷く重かった。








あとがき

流星ボーイ=キザという定義が壊れてくれませんこまった
っていうか凄い厨ニ病みたいですねヒロトごめん
そして季節はずれにも程があるっていう話
20101231



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