真っ白な


「そういえば自己紹介がまだでしたね。俺は南野秀一です。」
「猫洞通まりです。お花、ありがとうございます!」


優しく慰めてくれた秀一に、まりは冷たく固まっていた心が温められて溶けていくのを感じていた。
秀一に心を開いたまりと、いつかまたまりが泣くのではないかと少女を放って置けない秀一。
2人はその日のうちに、不思議とたちまち仲良くなり、気づけばお互いをまり、秀ちゃんと呼び合うようになっていた。
それから放課後は毎日その公園で遊ぶようになった。





















今日は学校が早く終わったので、いつもより早めに公園に行きました。やっぱり秀ちゃんはまだ来ていません。
あの日の桜の木も、もう花びらが舞い散っています。ちょっと前までは満開だったのに、なんて考えながらあの日のように根元に座りました。
舞い散る桜に暖かな日差し。木に寄り掛かって目を瞑ったら寝てしまいそうな陽気でした。
少しぐらいなら、そう思って目を閉じるとそのあまりの心地よさに睡魔が私を襲いました。
そしてそんな
睡魔の誘惑に負けてしまった私は夢の世界へと旅立ったのです。





















いつも通りの時間に公園に向かうと、そこには既にまりがいた。
まりは初めて逢ったあの日のように、木の根元に座っていた。あの日と違うのは、まりが泣いているのではなく、眠っているということだろう。

こんな所で寝てしまって…危ないと思わないんでしょうか……?

心配とともに、イタズラな心に火が点いた俺はまりが寝ている反対側からそっと木に登った。
ここからいきなり俺が飛び降りたのをみたらまりはどんな反応をするだろうか。
そんなことを考えながら、彼女がまだ寝ていることを確認してする。
そして一度乗っている枝を大きく揺らして花びらを一気に降らせてから飛び降りた。





















いきなり頭に沢山桜の花びらが降って来たな…と思ったらまたまたいきなり人が"落ちて"きました。
後からちゃんと考えればそれは"落ちた"ではなく降り立ったの方が正しい表現だったでしょう。
でも、その時の――うたた寝から覚めたばかりのぼんやりとした――頭ではそこまで思考が追いつきませんでした。


ひひひ、人が落ちてきた……!!?

ビックリして、思わずギュッと目を閉じました。
そうしてからハッとなって必死に心を落ち着けようとしましたが、もう手遅れのようでした。

ボンッ――

そんな音が私自身からしたのがハッキリわかりました。
そして目を開けた時にはやっぱり私の周りにはあの独特の煙が立ち込めていたのです。





















まりはが飛び降りたのを見るや否や、ビクッとして立ち上がり、その後いきなりが白い煙に包まれた。
何かと思ってそのまま様子を見ていると、煙の中からあまり強くはないが確かな妖気を感じた。俺は一応警戒体制を取り、煙が消えるのを待った。
柔らかな風が吹いて煙が晴れた所にいたのは、真っ白な三角の耳と尻尾が生えたまりだった。
一瞬自分の妖狐と重なって見えたが、どうやらそうではないらしいことが彼女の尻尾の形からわかった。

狐ではなく、猫。
白い、透けるように真っ白な猫。
真っ白な肌を、頬を真っ赤に染めたまり。

まり自身相当この状況に驚いているのか、大きな瞳をいつもより大きく見開き、開いた口を手で覆い、全身は力が入り強張っている。
姿を現した真っ白な尻尾ピンと真っ直ぐ張っていて、耳はピクピクと動いて周りの音を探っているようだ。

その様子をジッと見ている俺と、オロオロしているまりの視線が一瞬合わさる。その瞬間、まりは更に目を見開いて「ぁっ…」と小さく声を洩らした。
そして彼女は器用にも制服のスカートに尻尾を隠し入れ、耳を手でパッと隠した。
慣れているようなその動作から、こういう事態には何度か陥っているということがわかった。
この姿を他の人も見られていると思ったらなんだかちょっとムッとした。

俺はとりあえず困惑した表情で俺を見ているまりに向かって歩みを進めた。警戒心ならとっくに解けていた。
でもまりはそうもいかないみたいで俺が1歩進むたびに大きな瞳がキラキラと潤っていくのが見えた。

「まり…」

そっと小さな手に覆われた片耳を触ると、まりはピクッと反応してから気持ち良さそうに目を細めた。
その目尻からは薄っすら雫が輝いていた。その雫を指で拭うとまりは思い出したように閉じられていたその瞳をパッと大きく開いた。
そして俺の服をキュッと握りしめ、潤んだ瞳を揺らして、

「お願い秀ちゃん、この事は誰にも言わないで!バレたらもうお外に出してもらえないかもしれないの」

と言った。


こんな必死にお願いされて断れる人がいるなら是非とも会ってみたいものだ。
それぐらいまりからは必死さが窺えた。
それはもう、ホントに。
大いに。

俺は俺の服を握るまりの手を包んで、今にも煌めきが零れそうな瞳を見る。

「誰にも言いませんよ」

そう約束した。


これまで数多の口約束をして、破って、騙してきた俺だけど、この小さな約束は絶対に破ってはいけないと思った。
その理由はもう何となくわかっているが、俺の中の何かがそれを認めたくないと抵抗している。
まぁその抵抗さえいつまで持つかわかったものではないが。


それは今は置いとくとして。

俺が「誰にも言わない」と約束すると、まりは花が咲くような笑顔を浮かべた。
実際まりの周りにお花畑が見えたほどの華やいだ笑顔だった。
その笑顔で「ありがとう」と言う。

でも、穏やかな空気はそこで一時中断となる。
他でもないまりの一言で。
まりは「ありがとう」と言ったその口でこう続けた。

「だから私も秀ちゃんの事、誰にも言わないね」

…と。




write:2012/07/08
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