新婚さんいらっしゃい


 ナルトが火影執務室でガタガタと音を立てながら、探し物をするべく棚の中を漁っていると、ドアをノックする音がした。

「は〜い。どうぞ〜」

 ドアの方も振り向かずに返事をすると、すぐにカチャリとドアを開ける音がした。

「ねぇナルト、忙しいとこ悪いんだけど……」

 ナルトは聞こえてきた愛しい声に、勢いよく振り向いた。
 ドアの前にポカンとした顔をしたサクラが立っている。サクラの来室にナルトの顔が笑顔になった。

「サクラちゃん!」
「……何やってんのよ」
「え、あっ、今ちょっと探し物してて……」

 ナルトが答えると、サクラの眉間にうっすらとシワが寄った。

「あんたねぇ、もうすぐ出発でしょうが!こんなに散らかしてどうするのよ!」

 サクラに言われて自分の足元を見れば、棚から引っ張り出した物達が散乱している。

「あーこれは……」

 ヤバいなぁと分かり易く書かれた顔で、ナルトはポリポリと頬を掻く。その間にサクラはつかつかとナルトの前へと歩いてきた。そして、ズイと書類のファイルをその顔の前へと表紙を押し付けるようにして差し出した。

「出発前にこれにサイン頂戴」
「……」
「時間ないのよ!ちゃっちゃとやる!」
「はいっ!」

 サクラの厳しい口調に、ナルトは思わず背筋をシャッキリ伸ばした。
 ナルトは火影になった今も、サクラの叱責には無意識に体が反応してしまう。そんな自分に苦笑いつつ、書類を受け取り机へと走った。

 慌てて机に向かったナルトを呆れた顔で見送ったサクラは、床に散らばる物を棚へと戻していく。棚を片付けて振り向けば、書類に判を押したナルトが椅子から立ち上がるところだった。

「ありがと。ほら、そろそろ時間でしょ」

 火影の判を押した書類を受け取ったサクラが時計をチラリと見ながら言った。

 今回の五影会議の開催地、鉄の国への出発時間はもうすぐそこまで迫っていた。
書類を受け取り、笑顔を向けてくるサクラをナルトはじっと見つめる。

 少しつり目がちの目。
 いつ見ても綺麗な翠の瞳。
 勝ち気そうに弧を描く小さな口元。
 顔の周りで揺れる桃色の髪の毛。

 今この部屋を出てしまえば、しばらく会えなくなる。そう思うと、もう少しサクラを見つめていたいと思ってしまう。
 しばらくと言っても五日程なのだけれど。

 なかなか動かないナルトにサクラは不思議そうに首を傾げている。
 ナルトは、そんな表情も愛しくて目が離せないでいた。

 ふと、サクラの瞳が何かを捉えて、視線が浮いた。ナルトの頬を掠めるようにサクラの手が伸びてくる。
 ナルトの体に緊張が走った。ドキリと大きく鼓動が跳ねる。

 サクラの指先がナルトの耳の上の髪の毛にそっと触れている。
 触れられた場所から痺れるように熱が広がる。

「もうっ。頭つっこんでガサガサやるから、ゴミついてるじゃないの」

 サクラは呆れた声で言って、伸ばした手を引っ込める。

「ほら、もう行かないと。みんな待ってるわよ」
「うん」

 サクラの指が離れてしまった事を残念に思いながら、ナルトは外套と笠を羽織った。

「あ、ちょっと」

 そう言ってサクラがナルトに近付いた
 まるでサクラが腕の中にいるような錯覚。ドキドキする。

「引っかかってる」

 ナルトの首元にある笠の紐を直したサクラが、「これでよし」とニコリと笑う。

視近距離にある大好きな笑顔に心臓はますます激しくなる。
 こんなにドキドキしている自分とは正反対に、サクラは顔色一つ変わらない。
 ドキドキするのはいつも自分だけなのが悔しかった。

「…な、なんかさぁ」


「新婚みたい、じゃねぇ?」


 ボソリと呟いたナルトの言葉の後、訪れたのは少しの沈黙と意味が分からないというサクラの声。

「はぁ?」

「新婚の人っていつもこういうのしてそうじゃん」
「なによそれ」
「玄関でさぁ、服直したりとか行ってらっしゃいのチューとかさ」

 視近距離にある青い瞳が、真っ直ぐに自分を見つめながら言った言葉が示す風景がサクラの脳裏に浮かんだ。
 つい先ほどの自分とナルトの姿がそれに重なった瞬間、サクラの顔がボンッと赤くなった。

 それを見たナルトが少しだけ意地悪そうな笑顔を浮かべる。

「オレは早くサクラちゃんに毎日お見送りしてもえるようになりたいんだけど」

「なっ!」

 真っ赤な顔で大きな瞳を更に大きくしたサクラを見たナルトは、そのままスルリと部屋を出た。
 パタン。閉じたドアを背に歩き出したナルトは、サクラをドキドキさせることに成功した満足感から満面の笑みを浮かべていた。

(2012.3.20)
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