たったひとつだけ
目の前で黄色いリボンが揺れていた。ナルトが差し出された包みを受け取り礼を述べると、贈り主の少女は元来た道を走って行った。
その背中を見送って、今受け取った包みを色とりどりのリボンがひしめく紙袋の中へと収めたナルトは、人通りもまばらになった道を家へ向けて歩き始めた。
今日はバレンタイン。
今年は、今までとは違う。
晴れてサクラの恋人という肩書きを手に入れたのだ。
付き合ってから初めてのバレンタイン。
サクラを思うと、自然と緩む顔。
きっと甘い時間が待っている。
去年までとは違ったドキドキ感に包まれる。
ナルトは家に向かう足を少しだけ早めた。
玄関の前に立ち、大きく深呼吸してからドアを開けた。
「ただいま〜」
ナルトは、玄関でちょこんと並んで自分を出迎えたサクラの靴に目を細めた。
「おかえりなさーい」
聞こえてくる声の方へと進んでいくと、エプロン姿のサクラがキッチンから顔を覗かせた。
その笑顔に吸い寄せられるように近づいて、コンロの火を消すサクラを後ろから抱き締める。
「ただいまサクラちゃん」
すりすりと頬ずりしながら言えば邪魔だと抱く手を解かれた。
「とりあえず、着替えと手洗い」
ちぇーと頬を膨らませながら、ナルトはサクラの言葉に従う。
着替えを済ませて戻ってくると、テーブルの上に箱が一つ置いてある。
「これなに?」
「あぁ、それあんたに」
「開けていい?」
ナルトが聞くと、サクラが「どうぞどうぞ」と言いながらキッチンから歩いてくる。
パコッと蓋を開けると、手作りのチョコレートケーキ。
しばし無言で感動に浸る。
なんせバレンタインにサクラからの手作りを貰うのは初めてなのだ。
「すげー嬉しい!サクラちゃんありがとう!」
「どういたしまして」
喜ぶナルトを見て、嬉しそうに微笑むサクラの視線がケーキの前の椅子にピタリと固定された。
ナルトがそれに気づいて、サクラの視線を辿る。
「あ」
着替えに向かうとき、椅子の上に置いた紙袋から色とりどりの贈り物達が覗いていた。
自分にはサクラという彼女がいる事を皆知っていると思うのだけれど、朝から、いくつものチョコを貰った。 いわゆる義理チョコというやつだ。
去年まではサクラからも貰っていた。
「今年もたくさん貰ったわねぇ」
サクラの声はいつもと変わらず、別段怒った風でもないのだが、ナルトはなんとなく居住まいが悪い気持ちになる。
「はは……サクラちゃんもあげたんでしょ。毎年大変だってばね」
そうだった。
サクラも毎年たくさんのチョコを配っていたのだった、と思い出す。
義理とは分かっていても、自分以外の男がサクラからのチョコを受け取るのは、なんだか面白くない。
去年よりも、嫌だと感じる。
ナルトの中にモヤモヤしたものが広がっていく。
でも、サクラにも付き合いがあるのだ。仕方がないじゃないか、と悔しく思いながらもなんとか納得してみる。
けれど、モヤモヤは消えない。
そんなナルトに思いもかけない言葉が返ってきた。
「あげてないけど」
「だよね〜。これはもう任務みたいなもんだもんな」
「……」
「……」
しばしの沈黙。
ん?あれ?今なんつった?
「え……」
「だから、あげてないんだけど」
「な、なんで」
あげてない?
え?義理チョコ配ってないの?
嬉しいけど、なんでだ?
ポカンとするナルトを見ていたサクラが口元をほんの少し尖らせた。
「止めたのよ」
「なんで?どうして」
「なんでって……いい機会だし、そういうのはもう止めたんだってば」
そう言ってサクラはちょっと不機嫌そうな顔になった。気のせいかその頬は少し赤い。
ナルトの中にもしかしたら……との思いがよぎる。
「ねぇ……それってなんで?」
もう一度聞いてみる。
今浮かぶのは、疑問よりも希望と期待。
「だ、だから……それは」
「それは?」
ナルトが期待を込めた眼差しでサクラを見つめる。
サクラの頬は先程よりも赤味を帯びていく。
「だ、だって、ナルトだけにあげたかったの!」
投げつけるように言って、サクラはそっぽを向いてしまった。
あぁもう……
真っ赤にした顔が可愛すぎる。
告げられた理由が愛しすぎる。
堪らずに、顔を背けたサクラを引き寄せ抱きしめた。
(2012.2.10)
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