だから一緒にいてね
ナルトの部屋に珈琲のいい香りが広がった。
ナルトは最近、美味しい珈琲を淹れることに凝っている。いつもインスタントばかり飲んでいたのに、どういうきっかけだったのか急にはまったらしい。ぜひサクラにも味わって欲しいと、食後の珈琲を得意のドリップで淹れてくれたのだった。
チカチカと控えめな灯りが点滅する小さなツリーが置かれた食卓テーブルに、色違いのマグカップが並ぶ。サクラは桃色のカップを手にすると、ゆらゆらと立ち上がる湯気と香りを胸一杯に吸い込んだ。
「わぁすっごい、いい香り」
「ニシシ、インスタントじゃないからね」
サクラの様子にナルトが嬉しそうに目を細めた。
「ね、飲んでみて」
「うん、いただきます」
サクラがカップに口を付ける。ナルトの淹れてくれた珈琲を一口飲むと、香りが口の中から鼻に抜けていく。
「わ!美味しい」
「でしょ〜」
ナルトが少し得意気に笑った。そして、温度で風味が全然違うとか蒸らしの時間がどうだとか、最近得た知識を嬉しそうに語る。
珈琲を味わいながら会話を楽しんでいると、ナルトが急に黙り込んだ。
不思議に思って向かいに座るナルトを見てみたら、青い瞳が真っ直ぐにサクラを見ていた。
曇る事なく澄んだ瞳に真っ直ぐに見つめられると、不覚にもドキリとしてしまう。胸の奥の方が落ち着かなくなってくる。
空のように明るく全ての物を包み込んでくれているような、寒色なのに温かい色。
海のように静かに深く全ての物を吸い込んで行ってしまいそうなほどに穏やかで優しい色。
「……なに」
―― あぁ、また。
なんでこんな……
じっと見てくるナルトにどうしたのかと聞こうと思えば、呆れるくらいに無愛想な自分の声が口から零れた。
サクラだって、ナルトに対してもっと素直に接したいと思っているのだ。なのに、口から出てくる言葉はいつも思いとは裏腹に不躾なものになってしまう。
それではいけないと思いつつも、思えば思う程思いとはかけ離れてゆく言葉にほとほと自分が嫌になる。どうしてこうも素直じゃないのだろうか。
自己嫌悪に耽っているサクラを気にするでもなく、ナルトは相変わらずサクラをじっと見ていた。
「……どうしたのよ」
「好きなもの」
「はぁ?」
ポツリと呟かれたナルトの言葉にサクラは素っ頓狂な声をあげた。
「あ、いやっ。だからさ、サクラちゃんの好きなものって何かなって思ってさ」
少し慌てたように言うナルトに思わずポカンとしてしまった。
「なんで」
「や、あの、なんでって……え〜と、その……」
自分で聞いておきながら歯切れの悪いナルトにサクラは首を傾げた。
「あ、じゃあさ、欲しい物は?」
「欲しい物?」
「そう、サクラちゃんの欲しい物」
サクラはナルトの言葉を頭の中でゆっくりと繰り返す。
『サクラの好きなもの』
『サクラの欲しい物』
―― あぁ、なるほどなるほど。
ナルトの言わんとしている事に気付いたサクラは、ナルトに分からないように小さく微笑んだ。
「私の欲しいものねぇ」
「うん」
「そうだなぁ」
サクラが口元に指を当ててもうすぐやってくるクリスマスを想い浮かべながら呟くと、ナルトは少しだけ身を乗り出しながらサクラの言葉を待っている。その姿はまるで、ご褒美を待つ子犬みたいだ。
「すごく大きいの」
「うん」
「それから、すごく温かくてね」
「うん」
「すごく優しくて」
「うん?」
「でも強くて弱くて」
「……」
「ちょっと危なっかしくて」
サクラの言葉に頷きながら、段々とナルトの眉間に薄っすらとしわが寄って行く。自分の質問に返ってきた答えに戸惑っているのが一目でわかる。きっと内心では頭をかきむしってその答えを探しているのだろう。
すっかり無言になってしまったナルトをサクラが覗きこむように見る。ナルトはサクラの悪戯っぽい視線に、ちょっと両肩をすくめて苦笑いを浮かべた。
「ごめん、全然わかんね。それってなに?」
「わかんない?」
「うん、ゴメン。降参です」
サクラは情けない顔のナルトに目を細めて微笑んで、ナルトを小手招く。
珈琲の入ったマグカップをテーブルに置いて、ナルトが椅子を立つ。口元に手を添えたサクラに聞き耳を立てる様にして近付いた。
「あのね……」
ゆっくりと囁くサクラの声がナルトの体に流れ込んで体中にしみ込んで、堪らない位幸せな気持ちが溢れてくる。ナルトはそのままサクラを抱締めた。
『 それはね……
”うずまきナルト”っていうの 』
Wish you have happy holidays! Much peace, love and joy to you all in 2012.
(2011.12.19)
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