嫌な予感は当たるもの。
「…電話、出ねェな」
名字の家付近に来た俺は、三度目の電話をするも、やはりあいつには繋がらない。
土砂降りで、天気が悪い昼だ。
昼だとはいえ、空が暗いのでどこの家も電気がついている。今日は土曜日であるから、余計に電気がついていない部屋が目立つ。
名字が住むアパートの部屋は、その目立つ部屋の一つだった。
ピーンポーン ピーンポーン――
インターホンを数回押すも、名字は出ない。
額に汗が滲んだ。
試しにドアノブを握ると、それは軽々と捻ることが出来た。つまり、鍵がかかっておらず、部屋に入ることが可能な状態だった。
名字、入るぞ。と、一応声を掛けて部屋の中へ入った。
入るのは初めてだ。と言っていられる余裕や時間はない。短い廊下を歩きながら、周りを見渡す。あいつはいない。――と思った。
「……名字?」
台所だな、と思う時間もなかった。だが今思うとそこは台所だった。
まな板やガスコンロ、包丁などキッチン用品が多数置かれている。だがその下に寝転がっている名字を見て、俺は息を呑んだ。
その横に落ちている、包丁も然り。
「おい、名字…?おい、お前……」
俺は震える手足で、名字の身体を起こす。ぐったりとした身体がやけに気持ち悪かった。
手に、何か生暖かいものが付いていた。
――ああ。こいつは自殺を図ったのか。
そう気付くのに、時間はかからなかった。
「おい、名字……お前なんで……名字?」
返事がない彼女に、何度も問いかける。
よく見れば、暗がりでも名字の胸元に染みがあるのが分かる。
明るい時だったら、真っ赤であるそこは、ただの染みではない。落ちている包丁の先がそれを教えている。
――早く、救急車呼ばねェと。
左手で名字を抱えながら、空いた右手で携帯を器用に使い、救急車へ電話を繋げーーようとした時、抱えていた身体がわずかに動いて、携帯を俺は思わず落とした。
「……名字?」
「……。…ひ、じ、かた、さん…?」
「…そうだ。お前、何してんだよ。何、死のうとしてんだ。今救急車呼ぶから、待ってろ」
救急車への通話は無事出来たものの、俺は微かに目を開けている名字に何もすることが出来なくて、自分を恨んだ。
何も出来ない俺に対して、周りから数々の罵声が飛んでくる。それは勿論俺の声なのだが、抱えている名字を落としそうになるくらい、身体が震えていた。
それから十分と待たずに救急車は来て、名字は運ばれていった。
途中、名字が俺の名を呼んだ。
俺はまた、返事をすることしか出来なかった。
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