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馬鹿だなあ、お前。




「ああなんつーか…もう終わりかと思うと、すっげえ寂しいわ。…おう。じゃあまた連絡するわ」


電話を切る。
手をかけた。年季が入った焦げ茶色の机が、きし、と苦しそうに音を立てる。椅子から立ち上がる。年季が入った薄茶色の椅子も切なそうに音を立てた。

彼女を、視界いっぱいに捕らえる。俯いて、ダンゴムシのように縮こまって震えている彼女を。怖いのだろうか。この部屋に幽霊でもいるのだろうか。あ、もしかして俺に怯えてる? いや、でもそんなに怯える必要はないのに。俺が何をするって訳でもないのに。


「……なあどーしたの。なんでそんなに怯えてんのお前」


近付いて、彼女の細っこい肩に手の平を置く。それだけで、彼女の肩は大袈裟に揺れた。
彼女が俯いて、ふうふうと呼吸をしている。苦しいみたいだ。酸素マスクでもプレゼントしてあげようか。そうすれば少しでも楽になるだろう。


「なァ、大丈夫だって。怖がる必要はなんもねえって。大丈夫だって、マジで」


声を掛けるも、応答がない。ただただ何かに怯えている。はあ、とため息を吐くと、彼女の腕を掴み、強制的にこちらへ振り向かせた。彼女の大きな瞳から、ふっくらとした雫がこぼれたのを見た。


『………す、ん……か…』
「ん?」
『……わ…わ…も、……ん…か』


俺から視線を逸らした彼女の声が小さすぎて、何を言っているのか聞き取れない。口の動きから読み取ることも可能だが、俺は読唇術は苦手だ。だから、はっきり言ってくれないと分からない。


「もっと大きい声で言って」


彼女の胸倉を掴み上げれば、ほら簡単、彼女の顔がすごく近くなった。ひっ、と息を漏らした彼女に「なんて?」と催促するも、声帯か口輪筋が動かなくなってしまったのか、急に黙ってしまった。顎が小さく揺れて、彼女の小さい口がわずかに開く。
何か俺に言いたいんだろう。


「大丈夫。なんでも言っていい。落ち着いて、ゆっくりでいいから」
『……っ…』
「だって、まだ時間あるし。ゆっくりでいーから。まだ八時だろ? 十二時までたっぷり時間がある」
『………』
「なあ、急にどうしちゃったの。昨日まで元気だったじゃん。なに、喉いかれちゃった? あ、それとも風邪引いた? こんな大事な時に」
『………』
「まあでも、風邪引いてても大丈夫だろ。“死ぬ“ことくれェ、風邪引いてても出来るって」


俯いていて震えていた彼女の動きが、なぜか急に止まった。そして急に泣き始めた。いや、元々泣いてたんだろうけど、もっと泣き始めた。大きく呼吸をして、嗚咽を漏らし、床にたくさんの涙の染みを作った。
やべー、何か泣かせちまった。と、慌てた俺は彼女の身体を抱き締め、背中を撫でた。泣くなよと何回も言うも、彼女は泣くのを止めなかった。なんで泣いてるのか。その理由を探さないと、彼女は泣き止まないだろう。


「落ち着けって。大丈夫。大丈夫。なんで泣いてんの。大丈夫。なんでも聞いてやっから」
『……っ、ふ、…っ…っふ…』
「おーおー、大丈夫か。息しろ。呼吸困難になりかけてんぞ。なんか俺に出来ることあるか。なんでもすっから、俺にできることってある?」


尋ねる。優しく尋ねてみる。すると、優しい俺の対応が効いたのか、彼女がようやく口を開いた。そして、俺に小さい声でこう言った。


『……ぃ、えに、かえして、ください』


予想外の質問に、俺は目を丸くする。なんてこった。すごい要望じゃねーか。


「なんで? 家の方が名残あんのかね。自分の部屋とか親とかの部屋の方がいいの?」
『………………です』
「ん?」
『……死にたく、ない、で、す』




その言葉を聞いた瞬間、急に体が熱くなって、頭に来たのかね、思わず押し倒しちまった。彼女の髪をぐしゃりと掴み、そして頭を起き上がらせ、床に勢い良く叩きつけた。がん、がんと鈍い音が床に響く。その衝動で床が壊れてしまうことに気付き、四回ほどで止めてあげた。
床に寝転ぶ彼女の後頭部から、赤い染みがちょろちょろと流れ始めた。血か。こんなことで血って出るもんだな、と、人の身体の柔さに感心と落胆を覚えた。

泣きまくった結果がこれか。顔が崩れるとはこういうことか。涙と鼻水でぐっしゃぐしゃだ。目が腫れまくっている。彼女の顔は好みだったが、こんな顔じゃ、ちょっとヤる時は萎えちまうかもな。


「…床壊れちまうかも。この床案外脆いんだよ。人間の身体みてェに」


彼女の首に、指を滑らせる。細すぎる首だ。片手でも掴んでも余裕ができるくらい、細っこい。
あ、つーかめっちゃ掴みやすいこの首、いいね。


『くっ、』


手に力を入れてみると、彼女が苦しいのか顔を歪めた。先ほどまで小さかった口が大きく開き、酸素を求めていた。その姿が滑稽で、可愛らしくて、彼女を殺すのは惜しいなとも思ってしまう。だが、殺さないでおくのも惜しいんだよ。


「死にたくない、なんて言っちゃ駄目だろ。お前は死にてェから俺のところに来たんだろ。気が変わったからって、俺の計画を崩そうとすんのは駄目。俺には俺の計画があんだよ、おチビちゃん」
『っはぁ、っんく、あ、は、っは』
「俺の言ってることが分かったんなら、止めてあげるわ。あともうちょい生かせてあげるわ。死ぬまでもうちょい時間やるよ。だから、ほら、死にたくねえんだろ。止めてくださいーって、ほら。後で銀時さんにぐっちゃぐちゃに殺されたいですーって。な。だから早く。早く言えって。殺しちまうから。なあ、早く。おい。殺しちまうからよ。早く……」


下半身が膨張し、自身の息も荒くなってきた時、ちょうどいい時だったのに、彼女の動きが止まった。口が半開きで固まり、瞳もどこかを見て硬直した。

あ、こりゃやべえ、やっちまったか。と。首から手を離す。しかし、離しても彼女は動きを再開しなかった。泣いたり、震えたり、怯えたり、死にたくないとも言わなくなってしまった。つーか俺がそうさせちまった。あーもう、予定が狂っちまったじゃねーか。


「生きたまま、ゴミ収集車ん中入れようと思ったのに。あーもう残念。何の為に買ったと思ったんだよ。お前の為だぞコラ。死にたくねーなら最初から死にたいなんて言うんじゃねーよ。馬鹿じゃねえの。世間はそう甘くねえんだよ」


昨日までの彼女の笑顔が脳裏にちらつく。あの時も思った。今も思った。

彼女は素敵な笑顔を持っていた。




「…可哀想に。死にてえって、俺の前で言わなきゃ良かったのに、お前」


真っ赤に腫れている瞼に触れる。よくよくしっかりと顔を見たら、好みじゃない顔だと気付いて、はは、と笑みを漏らした。






※サイコパス坂田さんです。現代パロ?


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