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彼は幸せの吐き間違えに苦しんでいる。



俺は、俺の為にやっただけだ。
俺の為だけじゃない。名前の為にもだ。お互いが幸せになるには、この方法しかないのだ。


『…せ、せんせ……』


ざわざわと胸が騒がしい。
ふうう、と鼻息が荒くなる。
俺の下で小動物のように小さくうずくまる彼女を、視界に捕える。涙を零すぞと言わんばかりに目を潤ませ、震えが止まらないどうにかしてくれと言わんばかりに、小刻みに震える手足を見せつけてくる。

そうだ。彼女には俺しかいない。俺が、安心させてやらないと。

そう言う俺も、手指が震えていた。ごくりと息を呑む。呑んでみる。彼女を、名前を、安心させてあげないと。


「……名前。そんなに怯えなくていいから。大丈夫だから」


返事は返ってこない。しかし、彼女は俺のことをじっと見ている。俺を頼っている。だって、俺しか頼る人がいない。



――本当にそうなのだろうか?
自分でも、分かってるはずだ。


「……ごめん。本当にごめん。ごめん」


分かってる。本当は分かってる。
名前が俺のことを怖がっていることを。勝手に誘拐して監禁した俺を不審者以上の者であると、俺のことが怖くて堪らないことを、俺のことを嫌いになりかけていることを。全部気付いてる。正直言うと気付いてる。でも、どれもこれも、仕方がないのだ。


「……仕方ねェんだよ。…こうするしかねェの。一番、この方法が良い…」
『……方法?』
「……そう。お前と俺が幸せになるには、この方法しかなかったんだよ。…俺さ、お前のこと大好きで大好きで堪んねぇの…もうほんと……狂ってるくらい。このままだと、お前が笑顔を向ける人間全て殺しちまうかもしんねーから……だ、だから……」


ごめん。
もう一度謝った。俺がおかしなことを言って、おかしなお願いをしようとしているから。


「俺を、俺を好きになってくれねーか。そうすりゃ、お前も幸せになれる。いや、幸せにする。悪いようにはしねェから。……だから、頼む。お前の大好きな人を、お前のことを、殺したくねェんだよ。……頼むよ、名前。俺のことを好きになってくれ。愛してくれ。俺から、離れようとしないでくれ。…そうすりゃ、大丈夫だから。お前の周りに手ェ出さねえ、って約束できるから」


俯いた俺の言葉に、根拠はない。そんなもの無い。あるのなら、こんなに手が震えていない。あるのなら、こんな手を使っていない。あるのなら、こんなことになっていない。

名前が、ついに涙をこぼした。辛そうな顔をして小さく頷いた。長い睫毛を揺らして、何度も、何度も涙をこぼして、頷いていた。

つられて、俺も泣いてしまう。虚しかった。可哀想だった。俺が、名前が。可哀想で、仕方なかった。きっと名前もそう思っているだろう。この人、頭がイかれてて可哀想って。可哀想で怖くて仕方ないって。もう本当…俺も心からそう思っちまうよ。


「……俺みたいなのが好きになっちまって、ごめんな」


俺の涙には価値はない。名前の涙にも価値はない。彼女は悲しい涙をこぼす必要はないのだから。嬉し涙だけを流す必要がある彼女が、俺に向けて悲しい涙を流してしまっている。これがどんなに愚かで申し訳ないことか。

――でも、仕方ない。そう、仕方ない。だって、これは俺と、名前の為だから。

先生、と名前が俺を小さな声で呼んだ。その声が可愛くて、申し訳なくて、名前を思わず抱き締めた。

心の中でまた謝った。きっと、謝ることができるのは今だけだから。数日経てば、俺はきっとおかしくなる。倍以上に彼女の魅力に取り憑かれて、彼女なしの生活が絶対に無理になってしまう。そんな俺から彼女が逃げるようなら、彼女を取り巻く全てのものが至極羨ましく、至極鬱陶しく、至極排除したくなるに違いない。


これから始まる生活、俺にとっては幸せな生活が始まる。名前にとって幸せな生活にする為にも、頑張ろう。精一杯頑張ろう。

これが、名前が、俺が、みんなが、幸せになる術なのだから。









※※
水面なきに似ていますね。先生と生徒の関係。どうしようもなく大好きなため、名前を自分のものにしてしまおうという自己中な考え方。だって、これが正しいのだから。こうすれば名前の友達も、親も殺さなくて済む。これが正しいのだから――。そう思って思って苦しんでいる先生でした。


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