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唯の幻像と戯言



※攘夷枠でしたが、松陽と高杉しか出てきません。



『先生、今日晋助と茶屋に行ったんだ。晋助にお茶零したらすごい怒られたんだけど、その晋助の吃驚する顔が面白くて。また笑ったらすっごい膨れっ面になっちゃった』

「へぇ。貴方達は本当に仲が良いですね。先生もその中に入りたいです。」

『でも先生そこに居てもどうせ笑ってるだけでしょ』

「ええ。晋助の吃驚してる顔は面白いですからね」

***

『ねえ先生、今日銀時に会ったよ。相変わらずの天パだったよ』

「銀時の天パは天然記念物ですからね。あ、これ内緒ですよ」

『大丈夫です。内緒にしなくてもアンタよく言ってましたから』

***

『先生!小太郎が電話くれた!相変わらず優しかった。小太郎と結婚したいな』

「小太郎は優しい子ですからね。そして小太郎と結婚するのは私です」

『ショタコンか』

***

『先生。私の話ばっかり、聞かなくて良いんですよ』

「おや、どうしてですか?」

『虚しくなっちゃうから。もっと、みんなの話聞いてあげてね』

***

『先生、私最近、胸が苦しくなって直ぐ泣いちゃうんだ。何でだろ』

「そうですか。歳のせいじゃないですかね」

『それだったら先生の方が遥かに年上でしょーが』

「おや、そうでしたか。それは失敬」

『...ねえ、先生』

ぎゅっと掌に力を入れて、拳を作る。俯く私の顔は、先生には見えないのだろう。先生はうん?と首を傾げている。

『もう、出て来ないでください』

やっと言えた言葉は、部屋中に沈黙を作ることになった。暫らくすると先生は、フフと笑った。

どうして?何で、何で笑うの先生。

「不快でしたか?私の顔を見るのは」

『...違う。貴方が、幽霊だったら良かった。でも、今の貴方は』

唯の私の幻想なの。

ふわっと、音もなく先生は消えた。それを見て、ほろりと涙が零れた。


数週間ほど前から、先生は時折私の前に姿を見せた。彼は間違いなく死んだ筈なのだが、彼は楽しそうに私に話しかけるので、生きているのだと少し前までは錯覚していた。だが、数日前に気付いた。彼の言葉は、私が昔彼に話しかけていた会話の返事なのだと。私は先生を求める余り、こんな幻像を作ってしまった。


私は苦しくなる胸を必死に抑えて、蹲る。貴方がこの世界に居ないのがどうしようも辛くて、でもまた貴方がふらりと現れるから、貴方が生きてるんだと思ってしまう。

「どうした、名前」

晋助の声に気付き、私はバッと、顔を上げる。涙は、もう止まっていただろうか。へらりと笑って大丈夫という私を、怪訝な顔で晋助は見ていた。

「...大丈夫な様には見えねェが」

晋助は私の目の前に座ると、優しく抱きしめてくれた。大丈夫。と言われると更に涙腺が緩む。なァ、と晋助が私に声を掛ける。

「お前、最近どうした。様子がおかしい」

『......別に、何もない、よ』

そう言う私の体は震えていた。だって、また、貴方が出てくるとは思わなかった。

「名前?」

晋助が心配そうに私の顔を覗く。私の顔は恐らく真っ青だっただろう。怖くて、晋助の胸に顔を埋めた。

「どうした」

『...いや、別に。何でもないよ』

「...お前には何が見えてる。いつも其処、見てるだろ」

晋助は、やっぱり鋭い。私のおかしい所に直ぐ気付いてくれる。でも彼は先生のこと等見えていないだろう。理由は分かる。彼は師の屍を踏めてはいないが、自分の求める未来が視えている。銀時や小太郎は、師の屍を踏み越えての今がある。彼らは護るべきものがもう見えている。なのに、私はまだ過去に囚われて動けなくなっている。あの夢を見たせいで。

『...少し前、夢を見たんだ』

「夢?」

『うん。昔の私達の夢。先生も勿論居る。みんな、楽しそうに笑ってる』

「......」

『それからかな。頻繁に先生が見えるようになったの。幽霊なんかじゃない。唯の私の幻像であって、妄想の先生。"いつも私の話を聞いてくれた先生"。昔みたいにからかうように返事を返してくれた。最初は嬉しかったんだけど、段々怖くなってきたの』

同じことしか返事を返してくれないから。

『過去に囚われて動けなくなってはいけない。そう思ってるけど、そう思ってる時に限って、先生はふわっと出てくるの。私に大丈夫ですよ。って微笑んでくれる。でも、それがとても辛いの』

涙を我慢することなく、静かに流した。今も、先生は晋助の後ろで座っている。早く、消えて欲しいのに。

『ねえ、晋助、ごめんね。私がこんなに面倒臭い女で。今の話は忘れてもいいし、鬱陶しかったら私を捨ててもいい。でも、一つだけお願い。』

「......」

『先生の仇だけは、取って』


***


「...俺が手前を捨てるわけ無ェだろ」

暗い部屋。ひとり俺は呟く。名前はすうすうと寝息を立てて寝ている。名前の綺麗な黒髪を優しく撫でた。

名前を泣かせるもの等、この世には必要無いと思っていた。だが、その泣かせる原因が先生ともなると俺はどうしようもない絶望感に陥った。

「...なァ、先生。」

名前が何時もぼうっと見ていた場所を、俺も見る。俺の目には何も映らねェが、名前の目には先生が居るのだから、其処に居るのに間違いはない。

「...名前を苛めるんなら、消えてくれ。」

冷たく言い放たれた言葉に、返事はない。
これくらいの戯言は許してくれよ、先生。


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