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愛する人を殺した末路。





『ーー銀時?』


ーーーーーーーー違う。
彼が死ぬ筈なんかない。あるもんか。

今、目の前で倒れているのは間違いなく彼とは違う、私と全く関わりのない赤の他人で、私の手にこびり付いている赤い液体もただのペンキか何かだ。

うん。
そうだ。
" そうに決まってる。 "

私は震える手で " 全くの赤の他人 " の瞼をそっと閉じる。彼の目は恐ろしい程に綺麗な朱色で、私が愚かで馬鹿な罪を犯した際も、その朱い目で見透かしていたようにぼうっと見ていた。
その目を思い出す度に、背筋が震える。

......ちょっと待って? 愚かで馬鹿な罪? 私が?


『ちっ、違う...。わ、わた、私は何もしてな...』


カランッ。緩く、しっかりと握っていなかった手の平から得体の知れない " 何か " が音を立てて落ちた。私はその音に驚いて、身体をびくりと震わせた。
ゆっくりと地面に落ちた " それ " を見る。

......ああ、小刀だ。よく見たことがある。私が父から譲り受けた小刀。赤黒い血を帯びていて、私の馬鹿な頭でも、その赤黒い血は倒れている男から出たものだと分かる。


   ーーじゃあ、今、倒れているのは......?

ハアハアと不安定な呼吸のまま、私は恐る恐る彼を見る。だが、目の焦点が上手く合わず、誰だか判断することが出来ない。
いやもしかしたら" 私の目 "がしたくないだけかもしれない。


"" 倒れているのは誰なのか。誰が殺したのか。 ""
"" ーーー私は、また現実から目を逸らそうとしているのか。 ""


『っ...!!』

ドンドンと息が荒くなって、立つのもやっとなくらい目がぐるぐると回る。視界がぼやけ、まともに何も見ることが出来なくなってきた。

唯一そんな中、目に入ったのは、彼が着ている水色の渦巻き模様の着物だけだった。

『っう、』

思わず吐き出しそうになったのを堪えた。段々と目眩は治まり始め、私はようやく事の事態に向き合うことが出来るのである。


『...あ、れ。』

口をぽかんと開けたまま、" 銀時 " を見つめる。

一度忘れてしまった事態を彼が気付かせてくれたのかもしれない。逃げ出しそうになった罪を。逃げたかった罪を。彼はあの気だるそうな朱い目でずっと見ていた。

銀時の脇腹から流れていた血はじっとりと床に痕を付け、馬鹿な私にも出血多量であることは理解出来た。

...でもどうして、私はこんなことを、


恐る恐る銀時を見る。
銀時の傍には紙袋が落ちていた。中を震える手で見てみる。紙袋の中には、値段が書かれた領収書と "名前へ。" と書かれた紙と、私がテレビで見たことがある指

『ーーーーー ッ!!!』


ぐっと腹の底から湧き上がる吐き気、目から溢れるとめどない涙、これが何だと分かる程の罪悪感、喪失感。ああ、頭が痛い。気持ち悪い。視界がぐるぐると回って、目の前にあるものを直視することが出来ない。気持ち悪い。ああ、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。銀時、ああ、ごめんなさい。


これが何だと分かるには、見た瞬間から五秒もかからなかった。これが彼からの結婚指輪で、いつも内緒に電話していた女性はジュエリーショップのただの店員だということ。銀時が私に会えないくらい頑張って仕事をしてお金を貯めていたこと。

...ああ、やっと思い出してきた。一週間前に母が辻斬りに殺されてしまって、それを銀時に伝えようとしたけど全然繋がらなくて、久しぶりに会えたと思ったら、銀時が女から電話がかかってきて直ぐ出て行って、もう私は苦しくて、銀時を許せなくなって、ヘラヘラとした顔で帰ってきた銀時をどうしようもなく殺したくなって、何も考えられなくなってしまってーー。


私は銀時を殺してしまった。



_______________



夜。
私は飛び起きた。そこは銀時の部屋だった。時刻は八時半。確か、私が銀時を殺した時間。


「名前。」


銀時の声。
私はその声に大きく肩を震わせて、恐る恐る後ろを振り向く。


『っ...あ...、ぎ、銀時...?』

「ああ? ...何お前そんな真っ青な顔して。具合悪ィの?」

『...っ、ううん、何でもないの。...ありがとう、銀時。』


ーーああ、やっぱり " あの時のこと " なんてなかったんだ。私は銀時を殺してなんかいなかったんだ。

胸にずっと残っていた罪悪感はすっと消えてなくなって、私は布団から起き上がって立つ。

......そうだ。お母さんのこと、言わなくちゃ。


『ねぇ、銀時。...ずっと言ってなかったんだけど、お母さんが』

「名前。」


遮られた言葉に反応しようと銀時を見た瞬間、首にぐっと力がかかって、私は息が出来なくなる。
銀時が私の首を絞めていたことに気付くのに時間はかからなかった。


『っぎ、とき...!』

「名前...」

『っく...っ、!』

「俺、痛かったんだけど...?すげえ、今も。ずっと、お前が何回も刺すもんだから、俺、苦しくて、」


そう言う銀時は苦しそうなのに、何故か笑いながら話す。
意識が飛びそうなほどに強い刺激の中、私は銀時の体を見た途端、心臓がどくんと、音を立てて鳴った。銀時の腹からは私が刺した小刀が刺さっていて、そこからは血がまたたらりと流れていた。刺し傷は一個だけじゃなく、他にもいくつも。
銀時は血だらけだった。

私は、それを見た瞬間、頭が真っ白になった。銀時が笑いながら話してる言葉なんか頭に入らないくらい。
でも最後に銀時は手を放してくれた。


『っ、ひ、っはぁ、っく、ぎ、銀時...!っごめ、ごめんなさ、』

「...ああ、いいから。謝らなくていいって、名前。」


銀時は自身の腹から小刀を抜いて、私に向けた。
そして、銀時はーー。


「お互いが納得するまで、何度も殺り合おうぜ。名前。」

『っぎんと、』

  ーープツン。


_______________



朝、私は飛び起きた。そこは病院だった。

銀時は居ない。
荒い息をしながら、私はただ涙を流して何度も泣いた。神楽や新八くんが、一時間後に来てくれた。銀時は死んだって、神楽が言った。私が殺したということにはなっていないらしく、犯人は捜索中だということ。
そのことがとても馬鹿らしくて、私はまた泣いた。


_______________



夜、私はまた飛び起きた。そこは銀時の部屋だった。
私はぞわりとして、その部屋から出ようと立ち上がり、戸を開けた。けれど、戸の前には銀時が居た。


『ぎっ、銀時...』

「何逃げようとしてんの?...あ、前俺が殺したから、次は名前がやれよ。ほら、あの時の刀、ここにあるから。」


銀時が下に落ちている小刀を指さす。
私は泣きながら首を横に振る。銀時はそう?と聞くと、小刀を拾った。


「これお前の親父さんのだろ?大事にしろよ」

『...銀時、ごめんなさい。本当に、ごめんなさ』

「だから謝んなって。...あ、殺りたくねえってことはもう納得したってことか?...悪ぃな、名前。俺はまだ納得してねェからよ、」

『ぎんと、』

「また殺るわ」

  ーープツン。


_______________




朝、また夜。朝、また夜。変な夢(?)ばっかり見て、私はいつも泣くのが止まらなくなって、食欲なんかとっくの前になくなって、どんどん痩せていった。心配した神楽や新八くんが食べ物を持ってきてくれたけど、私は食べることが出来なかった。


_______________



夜、朝。私が入院し始めてから二週間が経った頃、土方さんが犯人の特徴を聞くために病院に来た。

私は土方さんに涙を流しながら言った。




私が銀時を殺したんです。



/ 愛する人を殺した末路。〈完〉


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