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一話『彼と汚い作業を』


『え?まさかこのお姉さん?マジで?前はすっごい強気だったじゃん』

昼下がりの薄汚れたアパート。名字名前は泣きじゃくる十代後半の女を前にして、思わず頬を引き攣らせた。その名前の声に反応したのは、隣にいた赤林海月という男。笑う状況でもないのに、彼はヘラリと笑っていた。

「そうなんだよねぇ。おいちゃんも驚いたよ。私は組長の女だ〜つッて、調子に乗ってた女の人がまさか一週間後にはこんな汚くなってたなんてさあ。まあいいや、連れてっちゃって」
「はい」
『最近駅前の所がデリヘル足りてないらしいから、そこで』
「…はァ!?何でデリ嬢なんてしなきゃいけないワケ!?ふざけんなよ!」
『いやいや、仕方ないんだよ深瀬さん。世の中はこういうシステムなんだから。金返す分働いてその後楽すりゃ良いでしょう』

呆れがちに彼女にそう諭すも、以前変わらず嫌だ嫌だと彼女は喚く。その姿は至極哀れで、東京の闇を表す象徴でもあった。まあ、こんな事してる私も汚いけど。

赤林の後ろに控えていた舎弟が深瀬の腕を引っ張り、強引に車に連れ込む。こんなに明るいのに私達がやっていることはどうも暗い。暗くてどう仕様もないほど汚いのに、どうやら私は慣れてしまったようだ。

『拷問する訳でもないのに何だろうねぇあの暴れ具合。薬でもやってんのかな』
「かもねぇ。まぁ部屋見れば分かるよ、多分」

そう言って赤林は人の気配が無い深瀬の部屋に土足で踏み込んだ。服やら雑誌やら化粧品やらで散らかる彼女の部屋は足の踏み場がなく、同年代の少女の部屋と比べて見ても明らかな差がある。赤林は無遠慮に開けられた引き出しの中を探ると、大量の錠剤がある事に気付く。

「あー…やっぱやってた。汚ねえや」
『わあ、何処から手に入れてんだろ。ここら辺なら…あーどうだろ。ちょっと前ならブルースクウェアの連中が手ェ回してただろうけど』
「今時の若い子は物騒だしねぇ。まあ、俺が後で風本に頼んでおくかな。名前ちゃんはこの後どうする?」

赤林は錠剤を袋に入れてポケットに突っ込むと、名前の方を振り向いてそう尋ねた。名前は物で埋もれていた通帳をゴミ屋敷の中から引っ張り出すと、眉間に皺を寄せた。通帳の残高に目を通すも、吃驚する程中身は空。赤林の質問にとりあえずは答える。

『どうしようか。昼まだだし露西亜寿司行くかな。てか、赤林さん。あの女マジで全部金使ってるよ』
「そりゃ酷えわ。暫く風俗に入り浸るハメになっちまうねぇ。で、え?露西亜寿司行くんだっけ」
『うん。行く。赤林さんも行きます?』
「暇だし行こうかね。つーか名前ちゃん金持ってないんだろ?」
『ああ、バレたか。そう、持ってない。赤林さん奢ってね』
「俺もあんま持ってねぇんだけど…まあいいか」

赤林が部屋から出るのを確認して、名前も通帳を適当に放り投げ、足の踏み場がないそこを堂々と歩いて外へ出た。
粟楠の赤鬼と呼ばれる彼はどこか楽しそうに横を歩く。身長が高くミステリアスな雰囲気を出す彼に、名前は未だに慣れない。それどころか話す度に緊張し、彼のからかうような笑みに胸を高鳴らせていた。

露西亜寿司に着くと、空いている木製のカウンター席によっこらせ、と座る。大将兼板前のデニスが赤林に声を掛け終ったのを確認すると、お絞りで手を麗せながら注文した。

『デニスさん。何でもいいから何か頂戴』
「ッたく…休み貰ったんなら他のとこ行きやがれ。大将はどうする?」
「いやあ、悪いねえ。あ、俺は大トロが食べれればいいや」
「はいよ」

露西亜寿司の板前であり名前の上司でもある板前のデニスは返事をすると、寿司を黙々と握り始めた。名前は茶を一口口に含むと、隣で呑気に待つ赤林に喋りかける。

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