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始まりにすぎない





ふふふふふ
みつけたの みつけたよ
つかれてる
ついてる
いいひと
ふふ
ちがう
つよいひと
ばかなひと


声が私を囲む。
たのしそうに、私に笑いかける。


『……そう。三人いるの?』


ちがう
ちがうよ
えへへへへ
ひとり
ばか


女の子の声。男の子の声。女性の声。しゃがれた男性の声。
様々な音域の声が、子どものように口調は幼い。


『……馬鹿で強くていい人のその人を見つけて、あなた達はどうしたいの?』


きまってる
くう
くうにきまってる
あははははは
ちがうよ
ともだちにするの
ちがうよ
くうの
うでを
あしを
かた
かた
あし

しんぞう


『…その人の名前は?』


ふふふふ
ばか
おしえない
ほんとうにばか
ばかだ
おしえない


『じゃあ、ヒントをちょうだい』


ひんと
ひんと?
ふふふ
おしえない


『…じゃあ、どうしたら教えてくれる?』


へへへへ
おまえをくったら
ふふふふ
おかしい
ふふふ
ころす
しんぞう
しんぞう ちょうだい
めだま
めだまも
みみも
ふふふふふ


『…はああ。どうしたもんか』


私は呟く。
そして重い腰を上げて、口から白い息を吐いた。


***


ピンポーン
家のインターホンが鳴った。それは僕が十一時十分を指す時計を見た少し後のことだった。

はぁい、と返事をし、手にしていた布巾をそのまま机の上に置く。
数少ない従業員の僕一人だけ反応し、即座に訪問者が待つ玄関へ向かい、戸を開けた。


「すみません、お待たせしました…」


謝りの挨拶に対し、待っていたのは、やんわりと微笑みを浮かべる若い女性だった。
いえいえ、と女性は軽く頭を下げ、『突然のご訪問申し訳ありません』と苦笑をした。


「いえいえ。ええと、お客さんですか?」
『お客さん…?あ、こちらは何かやっぱり商いを?』
「はい。一応、何でも屋のようなものを」
『そうですか。あなたは従業員の方で合ってますか?』
「そうです」
『なるほど…従業員の方は何名いらっしゃいますか?』
「…?三人です」
『三人。あなた以外に二人。今その二人はこの家にいますね』
「…そうですけど」
『あ、あと犬…?…まあそれはいいか。あの、少しだけ、残りのお二人に会わせてもらうことって、できますか?』


とんとん拍子に話を進める女性のその提案に、思わず「えっ」と声を漏らした。この女性が、純粋なお客なのか、それとも不審な女性なのか、判断が出来なかったからだ。


「会って、何を……依頼ですか?」
『依頼……そうですね。でもそれはまた、会ってから。まず、私が探していた人がここの家にいる人かは分からないんです。それに、あなた方に何も迷惑はかけません。お邪魔でしたら直ぐに立ち退きますのでご安心を…』
「…そうですか。でもあの、実は今うちの社長が体調を崩して寝込んでて…別の日でいいのなら引き返してもらいたいんですけど…」
『体調を崩してる…そうですか。…それなら話が早い。会わせてもらえませんか。その社長に』
「…話が早い、ってなんですか」


意味深な発言に、眉を顰めてしまった。例えこの女性が意味深な発言をしていなくても、家の中へさらりと入れる気は湧いて来なかった。
とにかく怪しいのだ。銀さんや神楽ちゃんに何かするつもりなんじゃないか…?それとも、家の中に何か仕込むつもりじゃ――?
そんなことを考えるまで、目の前にいる女性を信用していなかった。


『……全く信用していませんね、あなた。この職場が余程大切なんですね。若いのに、正義感があって素晴らしい』
「……社長に会って何がしたいんですか」
『…何がって…そうですね。少し”視て”みたいんです。確かめてみたいというか。違ったら恥ずかしいので、何を確かめるかは言えないんですが…』
「…見るだけで終わりますか?あの、本当にうちの社長体調悪いみたいなんで、正直な所、本当にお会い出来るような容態じゃなくて…」
『ああ分かってます。大体察しがつきます。お辛いんでしょうね。私が今から何を確かめるかは言えませんが、もしその人が私の探していた人なら、彼のその体調の悪さを治すことが出来るかもしれません。……ですので、どうかお願いします。危険なものとかは持っていないので、家に入れてください』


お願いします。もう一度そう繰り返して、頭を下げた。こんなに言われては追い返すことは出来なかった。それに、体調の悪さを治すことができるかもしれないという発言に、少し希望を抱いてしまった。

観念した僕は、仕方なく女性を家に入れた。お邪魔します、と靴を脱いで僕の後を着いてくる彼女は一言、「合ってる」とつぶやいた。きれいな見た目なのに気味が悪い女性だな、と素直にそう思った。


「? 誰アルか新八」


居間へ着くと酢昆布を口にくわえ、目をきょとんとさせた神楽ちゃんがいた。この女性が来る前と変わらない光景だ。むしろこの家の状況からして呑気とも言える。


「えっと…銀さんに会いたいんだって」
『どうも、お邪魔します』
「銀ちゃん?…会える状況じゃないネ」
「そうなんだけど…銀さんの病気を治せるかもしれない、って言ってる」
「…おねーさん医者アルか?」
『違いますよ。お医者様じゃないですが、医学とは違う方向で病気を治すことが出来ます。…出来るかもしれません』


未だに意味深な発言をする女性に、神楽ちゃんも分からなさそうに首を傾げた。僕は何も突っ込むことなく、女性を寝室で寝ている、社長である銀さんの元へ案内した。
寝室の戸を開けると、うう、と苦しそうに目を瞑っている銀さんがいた。額には大量の汗が浮かんでいる。


「銀さん、すいません…失礼します」
「……あ?なに…?」
「えっと……銀さんに会いたいって人が…」
「……誰」


銀さんの顔の傍で正座をした女性は、「私です。お邪魔します」とにっこりと微笑んだ。
銀さんは寝転んだまま「何しに」と尋ねる。


『あなたを悩ませている物を探しに来ました。パッと見て、少しだけは分かりました』
「……何言ってんの」
『…分かりませんか。そうですね……身体の調子はどうですか?腕が一番痛くて、今は足に痛みが出始めているのではないでしょうか?もしかしたらですけど、その身体に跡が出来ていたりしませんか?』
「…何で知って……」
『色々と分かるんです。あなたが今苦しんでいる状況が。少なくとも、私が居なければあなたはこのまま死んでしまいます。…それどころか、私も…危ない』


小さな声で、女性はそう口にした。
十分前に初めて話した時とは違う、なんとも言えないオーラが彼女の身に纏っていた。
女性が何を言っているのかは理解出来なかったが、今現在彼女をとても追い返す気にはならない。率直に、この人は他の人と違う。そう気付かされたのだ。

身体を起こそうと身じろぎをする銀さんを制止し、女性は銀さんの右腕に触れる。痛そうに声を漏らし女性を睨みつけた銀さんは、女性の顔を見た瞬間目を丸くした。
どうしたのかと尋ねようとするも、その前に女性が口を開き――。
何かを、唱え始めた。


『おんあぼぎゃべいろしゃのう…――』


一つの文を何度もそう繰り返し唱えている。速くて正確には聴き取れないが、真言の中の言葉ではないかと思う。昔、どこかで聞いたことがある。
じっと目を瞑り、唱える彼女に触れられる銀さんは、額に汗を滲ませながら、苦しく呻いている。
素人の僕には分からないが、除霊のようなものをしているのだと感じた。

その光景がしばらく続き、数十分経ったのだろうか。
女性は唱え終えると、目を開き、「…今の所はこれで」と苦笑をしながら銀さんの額に触れた。
銀さんは目を細めながら、ゆっくり、と身体を起こした。


『どうですか。気休め程度にはなりましたか』
「…気休めっつーか…だいぶ、楽になった。…なに、手の平から気孔でも出してんの…?」
『あはは。いえいえ。少しでも楽になって貰えたのなら幸いです』
「…どうも。…で、俺に憑いてるもんは取れたわけ?」
『はは、そうですね。取れていません』


あっさり。ばっさり。そう言い切った。


「……結構やべーもんなの?俺に憑いてんのは」
『…うーん。一言で言うには難しいですね。まずあなたの身体に憑いているのは霊だとは一概には言えませんし、何体憑いているとも言えません。今あなたの身体に意地悪しているのは、ただのちっさくてか弱い低級霊達かもしれませんし、そうでないかもしれません。申し訳ありませんが、今の所、的確な説明は難しいです』
「……そうかい」
『…まあ、おそらくは化け物だと思いますけどね。あの言い方からして』
「…あの言い方から?」
『ええ。つい先日、私にちょっかいをかけにくる浮遊霊達がですね、あなたのことを紹介しに来たんです。やばいのに憑かれてる人がいるって。大方、私と凶悪な化け物を鉢合わせて私を潰すつもりなんでしょうが…。まあそれで、色々頑張ってあなたのことを探し出したんです』
「…化け物?」
『ええ。きっと化け物ですよ。あなたに憑いているのは。どこか普段行かないようなところへ出掛けた際、憑かれたんじゃないですか。普通に生きていたら、こんなものは憑きません』
「……」
『心当たりがあるようですね』
「……まあ、多分だけど。あるっちゃ、ある」


銀さんが心当たりがあるのなら、僕にも分かるのではないだろうか。
銀さんが体調を崩し始めたのは、二週間ほど前。その時は頻りに腕が痛いと口にする程度だった。しかし、二週間が経てばこのように身体を起こすのも難しくなり、寝たきり状態が続いた。食欲も出ないらしく、銀さんは今必要な栄養分をほとんど取れていない。それどころか痛みの所為かうまく眠れないようで、目の下にはうす暗いクマができ、身体の具合をどんどんと悪くさせていった。
数日前に家へ来た医者が「原因が分からない」と俯いて帰っていったが、その原因が、まさか化け物に憑かれているからだとは。
…話を戻そう。二週間前か。二週間前。銀さんがどこへ行ったのか。二週間前は、珍しく万事屋に遠出の依頼が来たのだ。藤崎という依頼人の飼い犬が逃げてしまい、多くの業者に探してもらったが残念ながら見つからず、最後の手ということで飼い犬を見つけるよう万事屋に依頼を出したのだ。
――おそらく、心当たりといえばこのことだろう。


『どこへ行ったのかはさほど重要ではありません。何があったかが重要なんです。あなたを少し視させてもらったところ、あなたの守護霊はとても大きく、強い方だった。あなたを幾つもの修羅場から救ってきた。けれど、今はあなたの傍にいない。化け物が、守護霊の存在を消したからです』
「……」
『何か特別なことが、ありませんでしたか。出掛けた際に』
「……いや、別に特別なことは、何も」
『…ほんの些細なことでもいいんです。何か、不思議なこととか。心を揺るがす出来事はありませんでしたか』


女性の少し変えた質問には、何かピンと来たようで、銀さんは僕に「二人にしてくれ」と命じた。
僕には話せないことなのだろう。気になったが、僕は腰を上げ、寝室から姿を消した。


***


中で何が起きているかを神楽ちゃんに問い詰められたが、詳しいことは言わないでいた。銀さんの体調が少し良くなったみたい。とだけ言うと、神楽ちゃんはほっとしたように口角を上げた。

しばらくして、女性が寝室から出てきた。そして、銀さんも。銀さんがぎこちなくだが歩けているのを見て、神楽ちゃんは目を丸くした。僕も驚いた。


「銀さん、大丈夫ですか」
「おー。まァ、この姉ちゃんが来る前よりは全然。悪ィな、迷惑掛けて」
「迷惑なんてそんな…いつも掛けられているので慣れてます」
「はは、酷ェな」
「…銀ちゃん、顔色が良くなったネ。このおねーさんのおかげアルか」
「そうだ。ちょいまだ痛ェけど、この通り。刀も握れるかもしんねェ」
「刀なんてまだ握らないで下さい。まだ休んでて下さいよ」
「いや、それが落ち落ち寝てる場合じゃねーんだよ。なァ」
『ええ。ですので、今から簡潔に説明しますので、皆さんご着席をお願いします』


女性が先に今の中心にあるソファへ座る。その横には銀さんが。その正面には僕と神楽ちゃんが座った。
何を説明するのか。少し、緊張する。
何も知らない神楽ちゃんより緊張しているかもしれない。理由が理由だからか。


『まずお嬢さんに今の彼の現状を説明します。彼は、得体の知れない何かに憑かれています。幽霊なんて生ぬるいものではない。もっと陰湿で大きくて強いものに憑かれているんです。それによるものかは分かりませんが、それらが彼の体調を悪くさせているのだと思います。先ほど、彼に憑いている悪いものを少しだけ祓ってみたところ、彼の体調を少しだけ復活させることに成功しました。ですが、このまま放っておくとまた同じ状況に戻り、挙句の果てには四肢が腐り、目を抉られ、心臓を引きちぎられることも考えられます』
「……怖ェな」
『怖いでしょう。あなたがそんな状況になってしまえば、その頃私も殺されているでしょう。こんなところで死んでいる場合ではないので、今からあらゆる手を使って彼の除霊をするつもりです』
「…あ、あなたはその、霊媒師、みたいなものなんですか?」
『霊媒師。まあそうですね。そうです。昔からそんな力を持っていて、小さい頃からずっとその世界に足を突っ込んで来ました。なので、ご安心を。その辺は、一応プロです。手は一切抜きません』
「…名前は?」
『名字名前と言います。あなた方のお名前は分かっていますので大丈夫です』
「えっ知ってるんですか?」
『ええ。先ほど、あなた達ふたりの守護霊様に教えていただきました。神楽さん。新八さん。そして、銀時さん。上の名前はすいません、分かりませんでした』


決して傲ることなく、さらりと口にする名字さんに、すごいという言葉が即座に浮かんだ。むしろ何でも知ることが出来るその力に恐怖すら感じる。
神楽ちゃんは身を乗り出して、「銀ちゃんに憑いてるもんはどうやったら祓えるネ。なにか、私たちに出来ることはないアルか」そう聞いた。僕からは横顔しか見えないが、神楽ちゃんは笑みを浮かべることなく、眉を垂れさげることなく、じっと名字さんを見ながらそう聞いた。


『…そうですね。まず一つ目の質問。どうやったら祓えるか。まずですね、銀時さんに憑いてるものが何なのか把握する必要があります。そのために色々と調べなければいけないのですが、銀時さんから離れてしまうと、何か身に起きてしまうかもしれません。ですので、あなた方をどこか安全な場所へ連れて行きます』
「…安全な場所なんかあるんですか?」
『完全に安全な場所はありませんが、強いて言うのなら安全な場所はあります。知り合いの陰陽師の方々の元へ行ってもらいます。彼らもその道のエキスパートの方々です。あんなに大勢いるんです。誰か一人くらいは残るでしょう』
「……」
『では、二つ目の質問。あなたたちに何が出来るか。神楽さん新八さんには陰陽師の元で事が過ぎるまで待っていて頂きたいです。このお店に居ても構いませんが、化け物があなたたちに危害を加える可能性は無きにしも非ずです。何かあった時に直ぐに対処出来る様、安全な場所にいた方が良いと思います。銀時さんは…そうですね。私と一緒に化け物の正体を調べることを手伝って頂きたいです。しかしその身体ですから、歩き回っていると疲れてしまうでしょう。ですので、手伝わない時以外はあなたも共に陰陽師の元で休んでいて下さい。そして…あなたがこれから心掛けることは、どんな状況になっても、自己を忘れないように。これからあなたの目の前にはたくさんの怖いものが現れます。死者の姿をしてあなたを惑わすものも出てきます。ここにいるお二人の姿で出てくるものもいるかもしれません。もしくは、私の姿で出てくるかも。けれど、どんな状況に対面しても、何も行動をしないでください。話すことは大丈夫です。しかし、何を命令されても話す以外の行動しないでください。お願いされても何も。これだけは守ってください』
「……分かった」


普段軽口が多い銀さんだが、名字さんの前では静かだ。
彼女から発せられる圧倒的な強さに衝撃を受けているんだろう。 気持ちが分かる。言葉が出なくなるくらい、彼女の存在に、今の状況に圧倒されているんだろう。


『今から動き始めます。事は早い方が良いでしょう』
「…分かった。…んで、その知り合いの陰陽師ってのは?」
『ああ。今ここで彼らの名前を言ってしまうと、化け物が先にそっちに行ってしまう危険性があるので、後のお楽しみということで。ですがご安心を。もう手配はしています。――では、皆さん揃って行きましょうか』


名字さんが立ち上がる。
ごく、と息を呑んだ。
これから始まることに曖昧な覚悟を決め、僕たちも立ち上がった。


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