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桜に埋もれるは屍か



「桜。」
『ん?』
「きれいやな」
『…ああ、そうですね』

桜並木を颯爽と車で通るのは午後十時のことだ。
辺りは真っ暗だが、桜の寛大さを知らしめるためか、桜は下方にあるライトによって煌びやかに照らされている。桜だけ闇と交わらず純粋にきれいなので、それこそ不自然だ。闇に隠れる暗い桜もあって良いだろう。
私の真横では桜を見ながら感嘆している者がいる。きれいだなと同意を求められたから返事をしたのに、彼は不服そうな顔をしていた。何が不満だったのかと軽く額の皺を寄せてみると、彼は態とらしく溜息を吐いた。「思うてへんやろ。きれいとか。」そう、怒ってはいないだろうが冷たくそう言った。

『そんなことないですよ。きれいじゃないですか。大きいのが沢山集まって。壮大だ。それに立派だ。私達が何も手を施さずともこんなに立派に育つなんて、尊敬するに値しますよ』
「…へえ。ほうかい。絶賛やな」
『ええ。私が選んだ桜だけありますね』
「……随分と大胆に言うたなぁ。今ほんま吃驚したわ。お前の度胸に」
『私に度胸なんてありませんよ。気にしてないだけです』

そう微笑めば、彼はそうやろうなと釣られて笑う真似をした。
あれから一年しか経っていないのに、あなたの方が勇気がある。口には出さずにそう思った私は、「それにしてもよく気付きましたね」と、既に桜並木を抜け人工的なネオンばかりに照らされた神室町を窓越しに見つめた。見慣れた景色が目に飛び込み、少し落ち着いた。

「伊達に賽の河原に入り浸ってへんわ。まあ、それでもお前の動向が掴めるんは一握りやけどな」
『それ犯罪紛いですよ』
「俺よりも犯罪者なやつが何言うてんねん」
『それもそうですね。犯罪という言葉には私達には無さそうです』
「せやなぁ」

彼の声は実に心地よい。透き通っていて、怒鳴り散らされても癪には障らなさそうだ。だから彼と共に時間を過ごすのは好きだし、誘われたら極力了承するようにしている。今日だって、仕事が少し残っていたが偶然遭遇し「家まで送ったるわ。」と誘われたので、私は断ることなくここにいる。まぁ家を教える気はないので、ミレニアムタワーに適当に降ろしてもらう予定だが。
大きくそびえ立つビルが遠目で見え始めた時、唐突に彼は聞いた。「何であそこに埋めたんや」と。想像していた質問とは違って、私は逆に吃驚した。「何で殺したんや」と直球に聞かれると思っていたので、顔には出せないが少し安堵してしまった。だがどちらにせよ答えにくい質問だ。長ったるしく返答するような興味深い答えではないのだ。顎に手をやって、私は考える素振りをした。ううんと唸って少し困った顔をする。答えにくい質問ではあるのだが、このままはぐらかしていると彼が怒ることが予想されたので『成り行きですよ』と適当に答えた。

「成り行き?」
『ええ。彼女が桜を見に行きたいと言ったんです。その際彼女が「桜の下には死体が埋まってるんですって。」と言ったので、閃いちゃったんです。』
「…なんやそれ。嘘やろ。ブン殴るで。」
『はい、嘘です。そんな漫画みたいな経緯ないですよ。騙されませんでしたね真島さん』
「桜に埋めるなんてそん時決めて実行できるわけないやろ。リスクが大きすぎる。あん時期は満開の時やし、テレビでも取り上げられとった。夜中や言うても近隣住民の目もあるし、しっかり計画立てんと、」
『いえ、それは合ってますよ。私は殺しに計画は立てないんです。バレるかバレないかのスリルが愉しいんですから。だから桜を選んだのはただの偶然です。桜が目に入ったから、だとか、きれいだったから、だとかくだらない理由だったと思います。』

今度はなぜか納得したのか、私の回答に少し黙ると、「ふうん」と彼は私から目を逸らした。彼が視線を向けているのは次々と光景が変わる神室町の街並みだ。彼の後ろ姿ばかり見せられているので、私も彼に声を掛けてみた。『外。きれいですね。』と。彼から「そうやな」と乾いた笑いと共に返事が返ってきた。こんなにも汚いネオンで包まれているのに、ゴミと死体だらけのこの街を彼は愛しすぎている。私はお世辞できれいと言ってみた『真島さんの目は節穴ですね』…のだが…直ぐにボロが出てしまった。

『…嫌味できれいだと言ったんですよ』
「ああ。知っとる。俺も嫌味で桜のこと褒めたんや」
『そうだったんですか。道理で。真島さんに桜の美しさが分かるわけないですからね』
「うっさいわ。神室町はなぁ、お前に嫌われるために汚ななっとるんや」
『そうですか。神室町はなぜ私に嫌われようとしてるんでしょうか』
「神室町に住んどるやつらがお前のこと嫌いやからやろ」
『へえ。悲しいですねそれは』
「ちなみに俺もお前のこと大嫌いやで」
『ええ、存じております』

彼の嘲笑いを吹き飛ばすように、私は完璧な微笑で暴言を受け入れた。彼はそんな微笑を睨むと「桜も前は好きやったんや」と切り出した。今日はお喋りさんのようだ。

「お前があないな事件起こさんとけばな」
『花見費用が浮いて良かったじゃないですか』
「まあな。まァ真島組は花見みたいな洒落た行事ごとはやらへんけども」
『それだったら明日にでも花見しますか。さっきの所で』
「ふざけんなや。お前と花見やなんて血祭りになるに決まっとるやろ」
『決まってるんですか。怖いなぁ。まあ冗談ですけどね。犯人は現場に戻ってくるって言いますし、明日行ったら下手したら捕まるかもしれませんしね。下手したらですけど』
「一年経っとるんや。警察なんかおるわけないやろ」
『うーん。確かにそうかもしれませんね。早くて明日、遅くて一週間後と言ったところでしょうか。またワイドショーで持ちきりだ。』

最初は訝しげな顔で私を見ていた彼だったが、ようやく意味が分かったようだ。予めミレニアムタワーで降ろすよう頼んでおいたので、大きなビル前で車は止まった。『お送り有難うございます』と、運転手にお礼を言うと、私は車から降りた。「おい。」と私を呼ぶ彼の低く、唸ったような声が聞こえた。

「お前まさか、」
『…真島さん。真島さんって、きれいですよね。純粋で。だから』

汚したくなるんです。桜も同様に。
ばんと高級車の扉を閉めると、私は自宅の方向に向けて歩き出した。先程まで乗っていた車が大きく揺れた。おお、怒ってる。と私は笑った。運転手さんに当たるなんてひどい人だ。

今日は月がきれいだ。だが月は汚すことができない。穢れた私をもきれいな光で包み込む月は、何よりも寛大だ。だから私は月が大好きだ。汚すことができないものは尊敬を通り越して崇拝だ。私の言っていることが真島さんには理解できるだろうか。理解することができたら、来年にでも彼は桜を伐採しているだろうか。それだけではなく自ら命を絶つだろうか。

昨日汚れた桜と今日汚れたあの人を考え、私はまた独りで笑った。



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