「一緒に旅に出ない?」

そう誘われたのは、ほんの三日前。ぱらぱらと春雨が降っていて、芭蕉庵にある桜に酷く似合っていた。

「女の子には多少危険な旅になるかもしれない。けど、きっと君にとって良い経験になると思うんだ」

一応ご両親には承諾を得ているから、後は君の気持ち次第だよ。と、師匠である彼は優しい笑顔を向けてくれた。親も貴女のしたい様にしなさい、と。
本当は直ぐにでも「行きます」と言ってしまいたかった。多くの弟子の中から私を選んでくれた事がとても嬉しかった。でも、危険な東北の旅について行けるのかとか、なによりまだまだ精神面でも子供な私は生まれ育ったこの場所や家族に友達と離れたくない思いが強かった。答えを出せずにいると彼はやんわりと微笑んで三日間の猶予を与えてくれた。



「ごめんくださーい…」

そんな三日の猶予も空しく答えが出せなかった私は覇気のない挨拶で芭蕉庵の戸を引く。奥から相変わらずの笑みを浮かべながら芭蕉さんが玄関まで出迎えてくれた。ああどうしよう。単純ながらもこの笑顔をみていたら他の面倒なこと全て忘れてついて行きたくなってきてしまう。

「丁度今ね、曽良君も来たところなんだ」

この一言に、決まりかけていた心はガラガラと音を立てて崩れていくのでした。元々脆い決心だったのだけど。

「こんにちは、なまえさん」

案内された客間では兄弟子である曽良さんがまるで自分の部屋のようにくつろぎ倒していた。いや、この人自分の部屋だとこんなに物を散らかしたりしなさそうだなぁ。小さく挨拶を返した私はなるべく彼から離れた席に腰を下ろした。続けて曽良さんも体制を直して席に着いた。

「あ、私お茶用意してくるね!」

ごゆっくり、と手を振り部屋を後にする芭蕉さんには悪いけど曽良さんと二人っきりでごゆっくりできるはずがない。遅い春はまだ部屋を暖めることもなく薄寒い。静まり返った部屋は雨音しか聞こえなくなってしまった。…曽良さんと二人っきりになるといつもそうだ。彼は何も話そうとしないし私も何を話せば良いのか分からない。たまに私が必死で話題を絞りだしても淡々と返され終了。会話なんてものはこの人の手にかかれば三秒で終了してしまう。

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