「かさねちゃん、お姉ちゃんと手繋ごうか」
「嫌だ」
「がーん!!!!」
黒羽を目指す途中、農夫から馬を借りることが出来た私達は那須野を歩く。何と今回は可愛い姉妹2人も一緒だ。
「効果音を発する人の手なんて握りたくないわ」
「か、かさねちゃん、小さいのに辛辣だね」
「そうだねぇ、借りた馬に私だけ乗せてくれないどこかの鬼弟子のようだ」
「里に着きましたね。ここらで馬は帰らせましょう」
馬から降りた曽良さんはかさねちゃんのお姉さんに手綱を渡す。ここでかさねちゃんたちとはさようならです。
「そうだ。記念に一句詠んであげようか」
芭蕉さんには珍しく、粋なことをするものだ。さっそく紙と筆を取り出してかさねちゃんの為に一句詠む。
「かさねちゃん ファイト一発 根性だ」
「あぁ?」
「ガガーン!」
スランプ真っ只中の芭蕉さんの句はやっぱり子どもも分かるみたい。芭蕉さんはあり得ないぐらい変な塞ぎ方をしだした。
「よ、よしかさねちゃん!私も一句詠んであげる!」
私も紙と筆を取り出して考える。かさねかさね…
「重ね重ね いろいろどうも ありがとう」
「はぁ?」
「がががーん!」
うぅ、即興で何て無理だ
よう。私いつも熟考して作るタチだもん。涙目で曽良さんを見ると一つ溜め息を吐かれた。あぁ、呆れてる。
「ねえ、曽良さんもよんでくれる?」
「いいよ」
心なしか優しい顔で返事をした曽良さんはもしかしたら子どもが好きなのかもしれない。
紙と筆を取り出して一句詠む。
かさねとは 八重撫子の 名成るべし
私たちとは違い、いつも通り曽良さんの俳句はため息が出るほど素敵だ。かさねちゃんも大喜びしてお嫁さんにしてほしいなんてはしゃいでる。(その横で芭蕉さんはやいやい言って変なふさぎ込み方をしだした)確かに曽良さんにそんな俳句詠まれたら幼女も老婆もイチコロだよ。自分の為に詠んでもらうのって、凄い素敵なことだ。ましてや曽良さんなんて、ね。
「言っときますけど貴女には詠みませんよ」
「な、何も言ってませんが」
「じゃあその嫉妬した不細工な面直して下さい」
とん、と眉間に軽くデコピンをされる。確かに少し眉間にシワが寄っていたかもしれないけど、別に嫉妬なんてしてない。相手は小さな女の子だし。大丈夫。大丈夫?何に対して?曽良さんに、対して?
「…確かに私、即興でこんな素敵な俳句詠める曽良さんに嫉妬してます」
と、言ったら何故か曽良さんは一瞬びっくりした顔を見せて溜め息を吐く。
「お姉さん鈍感ね」
かさねちゃんに失笑されてしまったけれど、曽良さんの溜め息に混じる気持ちには、まだ知らない振りをしていたい。
新緑が芽吹く午後まだ勘違いならそのままで。
110626