あの人の長い前髪が嫌いだった。

「ちょ、何それ」
「はさみ」
「見れば分かるからね」
「前髪切ってもい?」
「いやいやいや」

前髪をその骨ばった左手で隠した彼だけど、私のはさみは未だに彼に向かって刃を見せていた。しゃきん。空振るはさみの音に彼が引きつる。

「鬱陶しいんだもん」
「私はこの髪型が気に入ってんの」
「目悪くなるよ」
「大丈夫、既に悪いから」
「私の顔見えてないでしょ」
「見えてっから」

笑いながら私の右手からはさみを離す。鋭く尖った刃先は机の上にあったペン立ての中へとしまわれてしまった。

「てか、これで髪切ると兄さんソックリになっちゃうんだよね」
「いいじゃん。私ペトロさんの方が好き」
「え、」
「髪型がね」
「ですよねー!ちょっとビビっちゃった。なまえが好きなのは私だもんね」

両の手を広げる彼の腕の中に、素直に収まってみる。好きなのはこの笑顔だけど、彼の長い前髪はどうしても好きにはなれない。大切なものはそれに隠されて見えなくなっているでしょう。お願いだから気付いてほしい。こんなに近くにいるのに、私の首筋の痕を彼は見つけてはくれない。







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