同僚が死んだ。もう空が高くなっているというのに、じりじりと焼けただれてしまいそうな残暑が酷い日のことだった。さぞ大変な任務についていたのかと思ったら非番時に階段で滑って頭を打ったらしい。あっけない。そんな一言ですましてしまえる死に方を私は信じることができないでいた。現に葬儀が行われるまで実感が湧かなかったし、いや、葬儀の最中も火葬場へ向かう霊柩車を見送った今も実感が湧いていなかった。なんともまあ物騒な職業柄のせいか、斬った斬られたが当たり前なもんで日常に潜む死を非現実的に思うようになってしまったらしい。

「逆に運が良かったんじゃない」

なにを見るでもなく言葉を落とした先輩の横顔からはその真意を読み取ることができなかった。もとより、真顔だと何を考えているのか分からない人ではあるが。
ちりぢりになっていく他の参列者には聞こえていなかったらしく、横に並んでいた私が仕方なくそれを拾う。

「どういう意味です?」
「あんな綺麗な死に顔、この仕事してたらなかなか出来んよ」

確かに棺の中にいた同僚は死に顔という言葉が不釣り合いなほど綺麗な顔をしていて、打ったという頭にも目立った傷はないようだった。だけどそれを運がいいなんて、むしろ悪いと言っていい。転んで頭打ったって死なない人間の方が多いんだから、いわば同僚は貧乏くじが当たってしまったようなもので。

「山崎先輩って地味な上に薄情なんですね」
「地味は余計」

薄情なことは否定しない先輩は息をひとつついた後、隊服の襟元をひっぱりぱたぱたと小さな風をおこした。残暑はいまだ続いていて、気温に不似合いな長袖が体内に熱を籠らせる。洗濯はしているけれどクリーニングに出したのはいつだったか。黒で目立たないからと放置していた袖口の汚れを眺めた。
私が入隊してから重傷者はいても殉職者はおらず、この服を喪服として着るのは今日が初めてだった。まあ同僚は殉職ではないのだけれど。だから今日も真選組総出ではなく代表で私と先輩が弔いにきたのだった。

「そろそろ帰ろうか」

先輩にとって同僚はどんな存在だったんだろう。ただの仕事仲間で、それ以上でもそれ以下でもないのかな。私は、どうなんだろう。
炎天下へ向かう先輩の横をなんとなく歩くことができなくて半歩後ろをついて行く。普段は長い襟足で隠れている後ろ首が、汗で髪がまとまり少しだけ露わになっている。つつつ、と汗が流れて背中へ沈んでいった。
多分この押し付けがましいくらい燦々とふりそそぐ日差しも実感が湧かない理由の一つなんだろう。どこまでも続く青空には小さくちぎったような綿雲が規則正しく並んでいる。空気を読んで雨でも降ってくれたのなら雰囲気に酔って泣けたのかもしれない。

「あんま悲しそうじゃないね」

先輩は、山崎退という男は、時折本心を抉りだすことをさらりと言ってのける。それは監察故養われた能力なのか、もとより持っていたから監察になれたのか。

「実感がわかないんです。多分、あんな綺麗な死に顔だったから」
「それってもっと酷い有り様だったら泣いてたってこと?」
「……そうは言ってません」
「でもこれが身元も分からないくらい無残に斬り殺されていたら涙ぐらい出てたんじゃない」
「そんな、こと」

あとに続くふた文字が出なかった。彼の言うとおり身体に傷がいっぱいついていたら、苦しそうな死に顔だったら、あの人可哀想ねって泣けていたんだろうか。薄情なのは、私か。
自分の中のどす黒い感情に気づいてしまいぐにゃりと視界が揺れる。違う、こんなことで泣くのは違う。この涙こそ本当に薄情者のものだ。
歩みが鈍くなった私に気づいた先輩は、あー……と言葉を探している。あれだけぐさりと刺しといて今更選ぶものもないだろうに。

「俺は密偵だし任務によってはしくったらまあ無惨な姿でここに戻ってくるだろうね。……ていっても一度綺麗な姿で戻ってきたことあるけど」

選りすぐった言葉でさらに追い討ちをかけてきた先輩は、発言の矛盾に気づきバツが悪そうに頬を掻いてみせた。ああ、そういえばこの人は自分の葬式を見たことがたるのか。自分の遺影と目を合わしたことがあるのか。
歩みを止め、私と向かい合った先輩はいつもの頼りない笑みを携え聞いた。

「もし俺が俺だって分からないくらいぐちゃぐちゃで帰ってきたら、泣いてくれる?」

明日。いや、もしかしたら数時間後、数十分後、数秒後かもしれない。当たり前のように側にいるこの人がいなくならない保証なんてどこにもない。それは今この瞬間やってくるかもしれない。そうなっても悔いのないように……なんて生き方、多分私にはできない。悔いなんてなにしたって残る。思いの丈は伝えても伝えきれない。もっともっとが溢れてきっと溺れてしまう。でもそれは生きている限り仕方がないんだ。

「泣かさないようにはできないんですか」
「どうかな。俺、約束守るの得意じゃないから」

じゃり。アスファルトから剥がれた小石が靴底で擦れる音と、足裏に伝わる感触が嫌いだ。蒸せ返すような熱気が嫌いだ。季節を忘れて煩く叫く蝉の声が嫌いだ。じりじり、じりじり。追い詰められていくようでうまく息ができない。

「汗、垂れそう」

こめかみから流れた汗が顎のラインをなぞる。伸びてきた手の親指がそれを撫でるように拭って、他の指は頬に一度そえられた後ゆるりと首筋から鎖骨を通って彼の元へと帰っていった。
静かに吹き抜けた風は秋を孕んでいた。とり残された夏が終わる。

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