二回目の味はまだ慣れなくて、苦い。
ごとん。鈍い音を立てて落ちてきたそれが苦手な無糖の缶コーヒーだと気づいたのはボタンを押した直後だった。隣りの白いラベルに巻かれたカフェオレを買うつもりだったのに手に入れたのは真っ黒いスチール缶。仕方なしにかつんかつんとプルトップを爪で弾く。一口、二口と口にしたがどうにも好きにはなずため息つきながら向かう道へと目を向けた。見慣れた顔が薄暗の蛍光灯に照らされこちらへと近づいてくる。

「お疲れ様です」
「赤葦くん、お疲れ」

私と同じく部活終わりであろう、少し眠そうな顔をした赤葦くんは自販機の前で歩みを止める。女バレの一部員である私なんか直の先輩でもないんだからそのまま行ってくれてもいいのに、肩にかけていたカバンを直しながら立ち止まってくれたところに彼の性格が垣間見えた。

「あ、赤葦くん缶コーヒー飲める?ブラックなんだけど」
「飲めますけど、いらないんスか?」
「カフェオレと間違えちゃってさ。飲みかけで良ければ」
「じゃあ……」

私から缶コーヒーを受け取った赤葦くんはおもむろに制服のポケットから財布を取り出して電子マネーの所に掲げる。ごとん。人通りの少ない路地に再度音が響いた。

「俺も間違えて買ったんで、あげます」

さらっとこんなことできる赤葦くんが私たち三年生の間でも人気があるのも頷ける。そんなつもりであげるわけじゃないと一度断ったが、ここまでされた好意を無下にできるはずもなくお礼を言って頂いた。口にしたカフェオレは望んでいたよりも甘い。

「もう遅いから近くまで送りますよ」
「いやいや大丈夫だよ。それに携帯学校に忘れたみたいで戻る途中だったんだー」

家に着く前に気づけて良かったけど、一緒に帰っていた部員達は無情にも笑顔を携え私に手を振った。今ならまだギリギリ学校も開いている時間だ。多分放課後の掃除前に机の引き出しに突っ込んでそのままだろう。
ああ、と納得してくれた彼はあげた缶コーヒーを口にしながら来た道を戻る。驚いた顔をしていると「ついでなんで」と振り返り私が横に来るのを待つ。

「そんな悪いよ、部活終わりで疲れてるのに」
「それは先輩も同じでしょ。ほら、もたもたしてる時間が勿体ないです」

結局、さっきのカフェオレと同じように彼の好意に甘え一緒に戻ることにした。
三階分の階段を登って見えた長い廊下の、途中にある消火栓の非常灯が数時間前箒で掃いた床にぼうっと映ってみえる。薄暗い色でまみれた夜の学校、隣りに赤葦くんがいてくれて良かったと心から思う。

「中学生の時さ、授業中によく非常ベル鳴らなかった?」
「鳴りませんでした」
「あれ、あるあるかと思ってた。多分サボった子たちが面白半分で鳴らしてたんだけど、最初は何事かとびっくりして身構えるのに頻繁に起こるからあんなにうるさい音でも慣れちゃうのね。先生も気にせず授業続けちゃうし」

あれで、危機感なんてあっという間に薄れてしまうのだと学んだ。あんなに心臓に悪い音を立てるテレビの緊急速報も、毎日のように流れ続ければ字幕すら見なくなってしまう。常日頃から危機感なんて張り巡らせりゃしないし、なにより身が危険に及ぶようなこと普通に生活してればまるでないことを私は知っている。
廊下と同じように月明かりも満足に入らない教室、真ん中辺りにある自分の机に駆け寄ってしゃがみ込み引き出しを覗いた。左半分には置いていった教科書ノート、空いている右側には奥でぐしゃぐしゃになったなにかのプリント。とりあえず手を突っ込むが携帯らしきものは見当たらない。

「ねえ赤葦くん電気つけてくれ、ない……」

顔を上げるとすぐ横に立つ赤葦くんが見下ろしていて、心臓が大きく揺らいだ。そのまま、ズボンのポケットに入れていた手を出して私の肩を押す。スローモーションのようにゆっくりと、なだれていく私の身体とそれに続く赤葦くんの身体。後ろに着いた手も直ぐに剥がされ呆気なく組み敷かれてしまった。

「みょうじ先輩は、もっと危機感を強めた方がいい」

そう喋り出した彼は突然のことにほうけている私のシャツのボタンを片手で一つ一つ外していく。両手は頭の上で彼の左手に抑えられているが、それがなくても抵抗することができない。声もあげられない。今、私は、なにをするべきなのか。

「俺だから安心してました?それとも他の誰でも同じ?」

全てのボタンが外されはだけたワイシャツ。露わになった脇腹を右手が一度這った後、抑えられていた私の両手はするりと解かれた彼のネクタイによって縛られてしまった。さっき見た非常灯がぼんやりと脳裏に浮かぶ。

「駄目ですよ、ちゃんと、警戒心を持たないと。いつだって俺はあんたに欲情していたしこうなるチャンスを伺っていた」

首筋に吐きかけられた息が一気に快感を呼んで思わず声が漏れた。すくめた肩の力を弱めつつ開けた目に映った赤葦くんは悦に入った表情を浮かべている。非常灯は警告音を纏わせたパトライトに変わった。

「そっちのコートにたまに顔を出すのも、よく三年の教室へ行くのも、帰り道で立ち止まったのも、全部先輩のためですよ。こうやって押し倒して髪の柔らかさや肌の温度を確かめてみたかった。優しくしてればいつか隙を見せてくれるだろうと思ってました」

つらつらと告白していく間に上履きは脱がされ、スカートも捲られ、パンツがくるくると膝辺りまで降ろされる。子宮を確かめるように下腹部を数度、揃えられた指の腹で押されれば簡単に吐く息が短くなる。その指がそのまま降り、一気に膣へと入り込んできたから今度は大きく息を吸った。中を擦るように動く指先のリズムと同じように呼吸が動くから、全てが彼に掌握されているようだ。そのリズムに慣れる間も無く首の辺りがぞくぞくして、目の前の赤葦くんの顔が見えにくくなった時指を抜かれた。呼吸を戻そうと必死になっているのに顎を軽く持ち上げられ合わさる唇。歯の隙間から生温かい舌が入り込んでなすがままに受け入れる。少しだけ、カフェインの味がした。彼にも私の咥内の甘さが届いているんだろうか。
離れていく唇と共にベルトを外す軽い音が聞こえる。親指で下唇を拭いながら、さっきと同じ顔で見下ろしてこういうんだ。

「犯してもいいですか」

返事を待たずとも、どうせ彼は挿れてくるんだろう。それならせめて一矢向くいたい。
カバンの底で息を潜めているあれと、私の心、どちらを先に曝け出そうか。


140903
「色欲」提出

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