※リレー小説企画「all days with you」提出作品。そのため沖田、土方に彼女がいる設定になっておりますので苦手な方はご注意下さい。



世間は浮ついている。
その浮つきを助長するかのように付けっ放しにしていたテレビからは狙い澄ました降雪予報が舞い込んで、お祭りムードは一気に加速する。このまま明日まで降り続けてしまえば初日の出は見れないし、交通機関にだって影響が及ぶだろう。新年早々電車がストップして初詣に行けない人続出……なんて無粋なことを考える。だってどれもこれも俺には全部関係ない。

年末年始を家族と過ごすのは彼女の中では当たり前のことで、29日から親戚めぐりで三が日まで忙しい。家族仲が良いのは大変よろしいことだ。それに彼女と付き合って既に四年、こんなのもう慣れっこだ。それでも社会人になって一人暮らしを始めた俺は少なからず期待していた。お互い大人になったんだ、家族より恋人を優先してくれるはずだと根拠のない自信を携えていたがクリスマス(正確には休みが取れず22日の日曜の話だが)の帰り際に戻ってきた台詞は四度目の「ごめん、家族と過ごすから」だった。

「俺はいつまでこうなのかなぁ」

誰に宛てるでもなく投げかけた言葉はそのまま何処かへ落ちて消えていく。一人暮らしをすると独り言が増えるのは知っていたが、寒さに弱くなるのは聞いてない。冷えた指先を膝の裏に挟んで暖をとる。ああやっぱりこたつ買えば良かったかな。せめてやっすいヒーターでもあれば違ったのに。エアコンの乾燥した風は末端までは暖めてくれない。
寒さは寂しさまでも引きずり込むから厄介で、さして見たい番組もないのに人恋しくて電気代を無駄にし続ける。数少ない友達もみんな里帰りだなんだで予定が入っているし、家族はパスポートのない俺を置いて海外旅行、要するに俺は本当に一人ぼっち。そんな寂しい男には昨日仕事帰りにコンビニで買った緑のたぬき啜るのがお似合いだ。

ちらりと机の隅にある携帯を見やる。画面を触っても着信表示はゼロのままで寒さは募る一方だ。いつもならメールの一つや二つやり合って、電話して一緒に年を越していたのに。家族親戚と団欒している彼女を想像すると何故だか今回ばかりは連絡を取る気にはなれなかった。

各地のカウントダウン会場を映したテレビにはいかにもなカップルがインタビューを受けていて、男の方は2014を象ったメガネをかけ浮かれている。女が「年越しはキスしながら迎えます〜」と見た目通りの喋り方でにへら笑ったので思わずチャンネルを変えた。気分を変えるため年越しには早いが緑のたぬきを食べようと湯を沸かしに立ち上がると息を吹き返したように震える携帯。慌てて手に取ったがディスプレイに表示されていたのは彼女の名前ではなかった。

「はいー山崎ですー……」
「んだよ辛気臭い声してんな」

声の主である土方さんは大学時代からの先輩で就職の世話にもなった手前全く頭が上がらない。用件である新年会の出欠席だって既に俺の名前に丸が付けられているんだろう。来るよな?の問いかけに二つ返事で答えると受話器越しから微かに女性の咳払いが聞こえた。ああこの人もテレビに映った彼らと同じ、そっち側の人間だったっけ。

「土方さんも年越しキッスするんですか」
「あ?何の話だ」
「彼女がいるのに毎年会えずぼっち越しする後輩だっているというのに土方さんは会社でも会ってそんで年越しキッスまでして…!」
「だから…」
「俺だって年越しキッスしたい!!!」
「んなの知るかって!会いたいなら会えばいいだろうが。つーか、こっちはヒマじゃねェんだ!……切るぞ!」

プツ、と回線が切れる音と同時にヤカンの甲高い声が鳴り響く。ヤカンにまで怒鳴られるのか俺は。なんだよ、毎日のように会えている幸せ者なんだから愚痴の一つくらい聞くのも上司の役目だろうに。

五分待っている間、ぽちぽちとチャンネルを回す。お笑い、格闘技、音楽番組……紅白、は、丁度中休みに切り替わり国営放送らしいアナウンサーが涼しい顔でニュースを読み上げていた。そういやお通ちゃんって紅組トップバッターじゃなかったかな。今年最後のお通ちゃんを見逃し割り箸はちぐはぐに裂けてしまったが来年はどうか良い年でありますように、と願った所で本日二度目の着信。お察しのようにもちろん彼女じゃない。
おい腑抜け新入社員と煽ってきた彼の口調は電話越しだからかいつもよら少し性急に聞こえ、嫌味もいつもの三割増しで降り注ぐ。

「インターンの俺ですら31日に会社に行っていたというのに新入社員のヤマザキセンパイはどこで何をしてるんですか」
「いや一応冬休み中なんですから家に居たっていいじゃないですか。まあ、今年も家で一人、ですけど…」
「うっわ、御愁傷様でさあ」

容赦無い言葉もいつもなら軽く流せたが今日はなんだってぐさぐさと突き刺さる。もういいや電話中だが冷めてしまう前に蕎麦をいただくとしよう。ぶあぶあと立ち込めている湯気をちぐはぐな割り箸でかき分け沈める。なるべく音を立てないように口にいれた蕎麦はただのカップ麺でもつゆが絡んで文句なしに美味い。

「男独り身侘しいもんでさあ。俺はこれから彼女とランデブーですがねい」

蕎麦が途端に味を変えたので思わず進んでいた箸の先を噛んだ。沖田さんも俺を置いてラブラブな年越しキッスをかますのかと嘆くと少し間が空いた後に短く息を吐いた。

「お前の方はどうなんでさあ。彼女、とっ捕まえちまえばいいだろい」
「……いやなんか、連絡しにくくて。俺が意固地になってるだけですが」
「くだらねえ。だからお前はザキなんだよ、ザキ」

沖田さんはいつも鋭く急所を突つく。全くもってその通りだ。何が四度目で慣れてるだよくだらない。本当はどんな理由があったって会いたくて一緒に居たくて仕方がないくせに、彼女がそう言うならと一歩引いた気になって勝手にいじけている。そんなふやけた男はふやけたかき揚げを寒い部屋でつまむのがお似合いなんだ。

「自分でもそう思います。まぁ、俺の分もランデブー楽しんで下さい」
「じゃあな、負け犬」

結局何の用でかかってきた電話なのか分からないが半分以上残っている蕎麦をこれ以上食べる気にはなれなかった。やるせなさは腹の底から這い出てきて人を堕落させる。その場にごろりと横たわってしまえばいよいよ風呂に入る気力さえもなくなった。明日も誰に会うわけでもないんだ、このまま年越しなんてせずに寝てしまった方がなんもかんも楽だろう。虚ろぎはじめた意識を現実に引き戻したのは今日一番やかましく震えた携帯だ。そんな振動の音よりも心臓を揺らすのは三度目の正直とばかりにディスプレイに表示されたあの子の名前。

「もしもし!?」
「わっ、大きい声」
「ご、ごめん!どうしたのなまえちゃん!」
「……うん」

一気に盛り上がった俺のテンションとは裏腹に受話器越しの彼女はとても静かで、嫌な予感が頭から背中を駆け降りる。今の俺には彼女が口にする最悪な台詞しか浮かばない。

「会いたいなぁ……」

雑音でかき消されるんじゃないかってくらい小さな声を俺の鼓膜はしっかりと受け取った。上がって下がってまた上がる俺のテンションは忙しい。電話片手に慌ててクローゼットを開ける。

「なまえちゃん今どこにいるの?」
「え、今日はまだ家にいるよ。明日は朝から従兄弟の家に行っちゃうけど……」
「分かった直ぐ行くから!家で待ってて!」
「……うん!」

アウター着込んでテレビの電源を落とす間際、寒空の下で結野アナが雪は夜の内に止んで東の空は晴れてくるでしょうなんて中々無茶苦茶な予報を言ってのけていたが多分これも当たるだろう。いつぞやみたいに正反対な予報になって猛吹雪で電車が止まるなんてやめてくれよ。俺はなんとしてでも彼女に会いに行かなくちゃ。

携帯と財布だけ持って駆け出して二駅離れた彼女の家へ。家から家まで三十分もかからないけど三十分も待たせたくなかった。会いたいだなんて、あんなこと言ってくれたの初めてだ。焦る気持ちだけが前へと進む。予報通り降り出した雪になんて目もくれず、丁度来た電車に急いで飛び乗った。





「退っ」

最寄り駅の改札口の、柱に寄りかかるように立っている彼女を見つけるのは容易いことだった。赤くなった鼻を見て馬鹿だなぁと笑う。

「家で待ってて良かったのに」
「だって早く会いたかったから」

いつもと変わらない目を細めて笑う顔を見れば俺の心は当たり前に浮つく。どちらともなく手を取って、俺のポケットに繋いだ彼女の手ごと入れゆっくりと家路を辿った。商店街の入り口に付けられた質素なイルミネーションも今の俺には眩しいく感じるくらい彼女といれば世界はこんなにも簡単に輝くのだ。現金な奴だと笑えばいいさ、今の俺は2014メガネだって掛けられる。

「本当はね、電話するの迷ったの」

繋いだ手に少し力が入って、彼女は巻いていたマフラーに顔を埋めるように俯く。マフラーから白い息が漏れては消える。

「声聞いたらね、絶対会いたくなっちゃうから。毎年私の都合で会えないのに会いたいなんてわがまま言ったら呆れられちゃうかなって。……結局わがまま言っちゃったけど」

長いと感じていた四年という月日の中で、俺たちはお互いのことをまだまだ理解出来ていないし知りえていなかった。通っていた小学校の場所も明日行く従兄弟の家が何県にあるのかも知らない。知らないことばかりだから些細なことが不安になって動けなくなる。それもそうだ、長い人生の中でたった数年しか俺たちは見ていないのだから。
気付けば既に目的地の目の前で、俯いたままの彼女は名残惜しそうにポケットから手を抜いた。だけども解かれようとした手を俺はずっと握っている。いつもここで離してしまうから腑抜けてふやけてしまうんだ。だけどそれも今年でおしまい。

「俺ね、本当は毎年一緒に年越ししたかったんだ」
「うん」
「大学卒業して、お互い就職して、忙しくなって、普段会える時間も減ったでしょ」
「……うん」
「だからね来年もその次の年も大晦日だけじゃなくて毎日君の横にいたいんだけど、どうかな?」

伏せられていた瞳はこっちへ向けられるとまあるくなってゆらゆら震えて滲んでいく。そしてやっぱりいつものように目を細めて笑うのだ。ねぇなまえちゃん、来年もその先も、ずっとずっとよろしくね。


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