本日はバトルサブウェイご乗車ありがとうございます。わたくしサブウェイマスターのノボリと申します!さて次の目的地ですが貴女様の実力で決めたいと考えております。ポケモンのことをよく理解なさっているか、どんな相手にも自分を貫けるか…勝利もしくは敗北どちらに向かうのか…。では「ノボリさん」 息継ぎすることなく並べられた定型分の最後をぶった切って彼の名前を呼ぶと、定型文のような顔立ちは心底不服そうなものに歪んでいった。そりゃ台詞の一番美味しい場所に挟まれたらその端正なお顔も歪みますよね。 「…なんでございましょう」 「何で目瞑っているんですか」 饒舌だったそれは口角が更に下がり半開きのまま動かなくなってしまった。目深に帽子を被っているからバレないとでも思ったのだろうか。この21両目に乗ってから彼の灰色の瞳はずっと隠れたままだ。 「これには…少々…深い理由がございまして…」 「理由って?」 「それは守秘義務に当たりますので…」 「まさかバトル中もそうしているつもりですか?」 「左様ですが」 「そんなんでバトル勝てるんですか?いくら普通のシングルだからって乗客のこと舐めすぎじゃないですか?」 「なっ舐めてなどおりません!サブウェイマスターと言う名に恥じぬよう正々堂々とお相手させていただきます!しかしっ、貴女様の前で目を開けるわけにはいかないのです!どうかご了承下さいませ!!」 目を瞑っている時点で正々堂々もくそもないじゃないですか。必死の弁解もすればする程白々しいものに変わっていく。せめて目を瞑っている理由を教えてくれればいいものをこんな時だけ守秘義務だなんて都合のいい言葉で片付けてしまうだなんていただけない。 「目開けてくれなきゃ試合しません」 「その場合棄権とみなしここで挑戦終了となりますが」 「ずっるい!!!」 「ですがそれがルールですので」 小さな子どもでもできる簡単なお願いを一向に聞き入れようとしない言動に痺れを切らし、揺れる車内を真っ直ぐ歩く。電車の走行音のお陰で目の前に立っても気付きやしないのは好都合だったが同時にとても悲しくなった。 「ノボリさん」 突然近くなった声に驚いたのか大きく肩が跳ねる。それでも頑なに瞼は閉じられたままで、私の苛立ちを募らせるには十分だった。なんだろう、今の私、とっても惨めじゃないか。 「見て下さいよ、私を」 私が、何のために凡人レベルだったバトルを廃人レベルにまでしたと思ってるんだ。ここに辿り着くまでに、どれほどの時間を費やしたと思ってるんだ。凡人の私が普通のトレインですら勝ち進むのがどれほど大変だと思ってるんだ。頑張って育てたこの子達のバトルを見てもらおうと、初めて貴方と会った時に思ったのに。あれもこれも全部、ノボリさんの為なのに。 煩いくらいの走行音と、後ろの車両から聞こえるバトルの音が追い打ちをかけるように私の耳に入って来て視界が滲む。すん、鼻をすするとさっきと同じように肩を大きく跳ねらせて焦りの表情を浮かべはじめた。 「な、泣いていらっしゃるのですか!?」 「…泣いてません。ちょっと鼻を啜っただけです」 「しかし涙声ではないですかっ!お客様を泣かせてしまったとあればサブウェイマスターとして示しがつきません!」 ぎこちなく動く両の手が私の顔を優しく包む。場所を確かめるように親指がたどたどしく目尻の涙を拭う。手袋の感触が少しくすぐったい。 「誠に申し訳ございません…」 「…本当に悪いと思っているんだったら目を開けて下さい」 流石にお客様、しかも年下の女に泣かれたのが堪えたのか少し罰の悪そうな顔をしてからゆっくりと上がる瞼。間近で見る灰色の瞳に私が映る。と同時にノボリさんの顔色はみるみる紅くなって直ぐに目線を泳がせ制帽を深くかぶり直してしまった。やめて下さいノボリさん。そんな露骨な反応されるとこっちまで顔が紅くなってしまいます。制帽のつばを少し上げて、じとりとこちらを見つめる瞳も頼りな下げに揺れている。 「…何か、言いたげなお顔ですね」 「私、明日も来ていいですか?」 「それは大変嬉しくもありますが大変複雑です。貴女様に見つめられると何も出来なくなってしまいます。業務に支障が出るのは間違いないでしょう」 「私はメデューサじゃないんですけど」 「せめてもの抵抗で、この気持ちをコールドスリープさせたいぐらいでございます」 「冷たいのは、嫌だなぁ」 130830 「装飾」提出作品 指定タイトル「明日から冷凍睡眠」 指定内容「一目惚れ」 |