てんつくてん。てんつくてん。単調な太鼓の音色が響く通りを小走りで抜けていく。のんびり歩いていたら甘ったるい匂いと緩い雰囲気に取り囲まれて身動きが取れなくなってしまうから。

「なぁなぁそこの可愛いコちゃん。ちょっと寄ってかん?」

しかし、いつもこの長椅子の前で足止めを食らってしまのだ。

「寄らない」
「お嬢ちゃんはいつも冷たいのぉ」
「ゴンちゃんはいつもちゃらんぽらんだね」
「これこれ、ワシ今ちゃあんと仕事しとるよ」

相変わらずまったりとした調子で声をかけてきた彼はふう、と天に向けて煙管から吸い込んだ煙りを吐き出した。白煙は細い線を描いてゆるゆると伸びながら消えていく。

「まあまあ少し見て来んさい。狐カフェも始めたんじゃ」
「興味ないよ」
「モフモフにすら靡かんとは。お嬢ちゃんは何をお求めなんよ」

求めるもの?実直、規律、謹厳。つまりこことは正反対な凛としたもの、空間。流されることなく生きていける精神。

「そろそろお役所勤務も飽きてきた頃じゃろ?」
「そんなことない。厳しいけど、ここで働いてたよりだいぶ充実してるもん」

獄卒の仕事は大変だけどやり甲斐があった。それとは逆にここで仕事をしているとぬるま湯に浸かっているような、煙い何かが身体中に絡む気持ちに染まっていくようで気怠かった。忙しい方がいい。ゆったりと流れる時間はいらない事ばかり考えさせる。

「ワシならあんな鬼のような場所、一時間ともたんわぁ」
「まあ実際鬼だらけだけど」
「その点ここは良い。遊びながら仕事が出来よる。いつでも可愛いコちゃんを引っ掛けられるしのぅ」

ああ駄目だ。長居しすぎた。気付けば足元は生温く動き辛い。

「私、もう行かなくちゃ」

浸った足を無理矢理に動かそうとした瞬間、右手を掴まれ動きが止まる。ざぶん。湯を蹴ったような音がして心臓がざわつく。

「 なあ、戻ってこんかいね?なまえちゃんがおらんと、寂しいよ」

縋るように掴まれた指先もじわじわと浸される。ぬるま湯はもう胸の辺りまできているようだった。


121102

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