「なーに身構えてんの」
「だって準太せんぱいが、あの人はヤリチンだから近づいたら妊娠するって」

頭の足りない後輩が更にアホになってしまった。とりあえず無いこと吹き込んだ準太は後でシメるとして、今はこのアホに植え付けられた俺のイメージをクリアなものに上書きしなければならない。自分の半径1メートル以内に入れようとしないこいつには、大事な用があるんだから。

「妊娠させないからこっちおいで」
「ダメです。慎吾せんぱいはいつもそーやって油断させて私のスカート捲るもん」
「スパッツ履いてんだから捲ったっていーじゃん」
「ダメですダメです。とにかくそこ通して下さい」

広くはない廊下で意味のない小さな攻防戦を繰り広げている間にも、昼休みは終わりに近づく。予鈴はとっくになったしもう人通りも少なくなった。だけど、教科書ノートに筆記用具を抱えるこいつをこの先にある視聴覚室には絶対行かせてやんない。

「いーじゃん。世界史自習になったからビデオ見るだけなんだろ?出席も取らねーよ」
「何でそんなことまで知ってるんですか」
「利央に聞いた。ほら、行こう」

伸ばした手は虚しく空を掴む。そんなに警戒することないだろう。お前の行動にしっかり傷つくくらい、俺は純情なんだぞ。

「俺、待ってるって言ったけど実はそんな呑気な性格してねぇんだ」
「わかってます、けど」
「わかってねぇよ」

本鈴のチャイムが鳴るのと同時にもう一度手を伸ばす。今度は掴まえた。ハッと顔を上げたのはチャイムに対してなのか、手首を掴まれたことへなのか。

「ヤリチンって本当ですか?」
「三年間、ひたすらボール追っかけてた俺にそんな暇ないってお前が一番良く知ってんだろ」
「私は半年しか知らない」

微かに震えている気持ちは俺のものだろうか、それとも。

「なら、これから三年以上を知っていけばいいよ」

指を絡めとって連れて行く。

120920

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