「何」 「眼鏡取ったら、実は美人なんさね」 休み時間、教卓の上に乱雑に集められたノートをまとめていたら、朱色の髪のクラスメイトに話し掛けられた。 確か…ラビ、だっけ。 いつもへらへらとだらしのない笑みを浮かべて軽率な言動をするこの人が、私は少し苦手だったりする。 それはともかく、今のは何だろう。 新種の口説き文句だろうか。 けれども、当の本人にとってその発言は特に意味のあるものではないらしく、さっさと話を進めていた。 「それ、先生んとこ持ってくんか?」 「そうだけど」 「半分持つさ」 「え、いいよ」 「遠慮すんなって」 別に遠慮してるわけじゃないんだけど。 そう答えようとしたら、目が合うなりにこにこと眩しいくらいの笑顔を返されて、何だか断るのも面倒臭くなった。 本人が手伝うと言っているのだし、まあいいか、任せよう。 「ありがとう」 「どーいたしまして」 二人で並んで、休み時間の廊下を歩く。 女の子からの視線を必要以上に感じるのは、気のせいなんかじゃないだろう。 彼が男子バスケ部のキャプテンで、女子から絶大な人気があることは、そんな類の噂には疎い私でも承知済みだ。 「何で手伝ってくれんの」 「何でって…1人じゃ大変そうだったし」 「私、そんなにひ弱じゃないけど」 「はは、委員長らしーや。可愛げのない答えさ」 「何それ、馬鹿にしてんの。それと委員長ってやめてよ、何か…やだ」 「はいはい。じゃー、なまえ?」 「うん」 何で私、今すごくどきどきしてるんだろう。 きっと重い荷物を抱えて階段を上ってるからだ、そうに違いない。 「なまえ、顔赤いさ」 「うっさい」 「え、照れてんの?かっわいー」 げし、抗議の代わりに無言で足を踏みつけたら、声にならない悲鳴が聞こえた。 「次そうゆうつまんない冗談言ったら、背中にジャンピングキックかますから」 「冗談なんかじゃないさぁ」 「じゃあ何?やっぱり馬鹿にしてんの?」 「だーかーらー、違くて!」 少々大袈裟に身振り手振りを加えて言うもんだから、余計に周囲から注目を浴びた。 恥ずかしいからやめて欲しい。 「なまえってあんまし目立たないけど、クラスのためにいつも頑張ってくれてすっげーいい子じゃん」 「仕事だから仕方なくやってるだけだし」 「でも、フツーはできねェよ?」 「君には出来ないだろうね」 「つーか、なまえもオレのこと名前で呼んでよ」 「……ラビ」 「はいさ!」 きらきらと、それはそれは輝くような笑顔と共に元気な返事が返ってきて、ちょっとばかり面食らう。 「何でそんな嬉しそうなの」 「だって好きな子とまともに喋ったの初めてだし」 「…は?」 「やっぱ、なまえって眼鏡取ったらかなり美人さね」 「何それ、口説いてんの?」 「んまぁ、大雑把に言えばそゆこと?」 「冗談やめてって言ってるじゃん」 「冗談じゃないさー、本気で言ってる」 「はいはいそーですか」 「あーもう、どうしたらいいんさ!」 軽くあしらっていたら、いきなり叫んで頭を抱えながらぶつぶつ何か言い出した。 周囲からの視線は、最早気にしないことにする。 「なぁ、なまえ」 不意に顔を上げた彼の翡翠のような瞳は、まるで真剣そのもの。 そこに映る眼鏡の私は、ずいぶん間抜けな顔をしていたと思う。 「好きさ」 どさどさどさ、豪快な音を立てて腕の中のノートの束が床に落ちた。 「ダイジョブ?」 「う、ん」 床に散らばったノートを一緒に集めていれば、自然と向かい合わせの格好になっていた。 しゃがんでいるせいで、いつもより顔が近い。 火照った顔を隠すように下を向くと、耳元で彼の声が囁いた。 「これは、脈アリって思っていいさ?」 「ん…」 息ができない。 まともに声が出てこない。 返事をしたのは、それから約数分後。 「私も、ラビが…好き、かもしれない」 そしたら彼は、太陽みたく笑った。 お天道様と天邪鬼 (素直になれないのは免疫力の低さ故) 121229 ちなみに眼鏡の彼女は学級委員長だったり。 |