『ん〜・・・っ』



書庫の奥の方の本棚で、一生懸命に背伸びして本を取ろうとする小さな背中。

その後ろ姿を見つけた俺は、バレないように背後からそっと近付いた。



『うぅ・・・』



ほんの少し指先が背表紙に触れるが、届きそうで届かない。

そのままこっそり見てるのも面白いけど、それじゃ流石に可哀想だ。

俺は横からすっと手を伸ばした。

簡単すぎる程、楽々とそれに手が届く。



「これさ?」



案の定、なまえは驚いたようにびくりと振り返って俺を見た。

俺は何の気無しに笑って、右手の本を差し出した。



「どーぞ」

『・・・ありがと』



なまえはそれを受け取ると俺に小さく会釈する。

そして、そのままそそくさと近くにあった椅子に座って本を読み始めてしまった。

もう、彼女の素っ気無さには慣れている。

俺も何か読もうと、そのへんの本棚を物色した。

が、特に興味のそそられる物も無い。

結局手ぶらのまま、黙々と読書を続けるなまえの向かいに腰掛けた。

頬杖をついて、ぼーっと窓を眺める。



「はぁ・・・」



無意識に零れた小さな溜息。

目の前の彼女は本に夢中で、話し掛けようにもなんとなく躊躇う。

最近、無性に気になる彼女の存在。

けど、廊下や食堂で逢っても、声を掛けるのはいつも俺から。

穏和で物静かな彼女の性格からかも知れないが、なまえから声を掛けてくることなど一度も無かった。


・・・仕方無いか。


再度、ぼんやりと窓の外を眺めた。

小鳥が一匹、立木にとまってさえずっている。

それだけで、あとは別に変わったことはない。



「ふぁぁ・・・――」



あまりの暇さに耐え兼ね、今度は欠伸が出た。

何やってんだ、俺。



『・・・ラビ、くん?』

「へっ?」



思わず間抜けな声が出た。

不意に呼ばれて前を見れば、本から顔を上げたなまえの顔。


今、俺の名前呼んだ?


・・・間違いない。

その瞳は俺のことをじっと見据えていた。




『本、読まないの?』

「あー・・・なんか読みたいのなくって」



俺はへらりと笑って誤魔化した。

実を言えば、ここに来たのは読書の為じゃない。

ここに来ればなまえに逢えると思ったから。


まぁ、そんなのはなまえにとっちゃどーでもいいことだろうけど。



「それより、その本そんな面白いんか?さっきからすっげー熱心に読んでるけど」

『っ、そんなに?』



なまえは慌てたように俺に訊いた。

俺はその反応がいじらしく思えて、笑いながら頷いた。



『で、でも、本当に面白いんだよ?』



からかわれたと思ったのか、真剣な顔つきで迫ってくるなまえ。



「ハハ、そんな顔せんでも解ってるさぁ」



そう言うとなまえは表情を和らげて、少し反応に困ったような微妙な顔をした。

本当に素直に人の言葉を受け取るな、なまえは。



「じゃあさ、次、オレに貸して?」



半分、なまえとの共通点を作りたかっただけで言ったことだけど、その言葉でなまえはぱっと顔を輝かせた。



『うん』



・・・笑った。


初めて見る彼女の表情に、俺の心臓はドクンと脈打つ。



『・・・どうしたの?』

「あ、いや、なんでもないさ」



曖昧に濁すけれど、胸の鼓動は鳴り止まない。

自然と口元が緩む。



「重症かも・・・」



そう呟いてぐったりと机に突っ伏した。

きっとなまえはきょとんと首を傾げているだろう。


それでもいいや。

この気持ちはまたいつか伝えれば。

だから次はその時に・・・




(俺だけが知ってる、とっておきの太陽)



2010.09.25


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