『・・・班長』



・・・カリカリ



『リーバー班長っ!』

「っ・・・あぁ、悪い。なまえか。どした?」



オレは数式を書く手を止め、声に気付いて振返る。



『ベルギーで起きていた怪奇現象の調査報告まとめ終わりました』

「もう終わったのか。早いな」

『どこに置いとけばいいですか?』

「あー、今手離せないから、そっちの机置いといて」

『わかりました』



そう言ってなまえは机の上の書類の山をさらに高く積み上げた。

それが終わるやいなや、直ぐに次の仕事に取りかかるなまえ。

班員達が次々にダウンして資料や本に埋もれていく中、彼女だけが一人黙々と仕事をこなしていた。

オレもそうだが、なまえだってこの三日間、仕事が立て込んでロクに寝ていない筈だ。

見かけは華奢だが、人一倍体力がある。

去年アジア支部から移動してきた、期待の新人だ。


バタリ・・・とまた一人班員が机に倒れ込んだ。

最近は過労死してもおかしくないくらい働いている気がする。


当然、強烈な睡魔はオレにも襲ってきた。



――ヤバい、ヤバい。



班員が頑張ってるのに班長のオレが寝るわけにはいかない。



「よし・・・」



気を取り直し、新たな数式に取りかかった。



・・・カリカリ



(あれ、間違えたか?)



・・・カリカリ



(数が合わないな・・・)



・・・カリカリ



(やっぱり間違えた・・・)



「ふぁ・・・」



思わず欠伸が喉をつく。

寝不足で頭が回らないらしい。



――ダメだ。



限界を感じ、そのまま机に俯せになった。

これじゃ出来るものも出来ない。

ちょっとなら・・・と、オレは重い瞼を閉じた。

少しでいいから仮眠をとらなきゃ体が持たない。


けれど、睡魔は迷うことなくオレを深い眠りへと落としていった。



あれから何時間経っただろう。

次に目が覚めると、ダウンしていた班員達がまた仕事をし始めていた。

うっかり寝すぎた。

オレはまた高くなったであろうまだ未処理の書類の山を見た。


・・・が、目の前にあった筈の山は綺麗に無くなっている。



「おい、そこにあった書類どうした?」



忙しく科学班内を駆け回る班員の一人を捕まえて訊いてみる。



「あぁ、あれならちゃんと室長のサイン貰っておきましたよ」

「え?・・・待った。オレ、まだ見てないぞ」

「ハハハ、寝ぼけてるんですか。ちゃんと班長のサインもありましたよ」



軽く笑いながら、班員はまた分厚い本を抱えてどこかへ行ってしまった。


寝ぼけてる?・・・いや、まさか。


数式の答えが出たらやろうと、後回しにしていたことを確かにおぼえている。


じゃあ、なんだ?

誰かがやってくれた?


思い当たるのはただ一人。

あのとき起きていて、あの量を一日かからないで終わらせられるのは彼女しかいない。

立ち上がってなまえを探した。

しかし、どこにもその姿は見つからなかった。


どこに行ったんだ?



『リーバー班長』



唐突な呼び掛けに驚いてドキリとする。

振返るとやっぱりなまえがいて、両手に飲み物の入ったカップを持って立っていた。



『おはようございます』

「お、おう・・・あの書類やってくれたのなまえか?」

『そうですけど?』

「悪いな。大変だったろ」

『しょうがないですよ。室長に出しに行こうと思ったら、まだ手付かずで・・・』

「・・・すまん」

『アハ、冗談です。班長に倒れられたりしたら私達困りますから。あ、これどうぞ』



そう言って差し出されたカップには、レモンソーダが入っていた。



「サンキュ」



なまえは隣で湯気のたつカップを冷ましながら飲む。

恐らく中身は紅茶だ。

彼女はコーヒーが飲めない。

そんなことを知っていて僅かな優越感に浸る自分に思わず苦笑する。

同じ班で働いているのだから、お互いの好きなものぐらいわかって当然だ。


なまえは紅茶を飲み終わると、さっさと自分の机へと戻っていった。

休んだほうがいいと声を掛ける暇も無い。

オレは諦めて、やりかけだった数式に取りかかった。


・・・カリカリ


(あぁ、なんだ。こうゆうことか)


あれほど難問に感じられたのが嘘のように、答えがあっさりと出てしまった。

その波に乗って次々に仕事を片付け、三時間もするとたまっていた仕事は殆ど片付いた。

寝不足とは恐ろしいものだ。

オレは息抜きにと、空のカップを持って飲み物のおかわりをしに行った。

ついでに、隣に置いてあったなまえのカップも持っていく。

自分のカップにはレモンソーダ、もう一つのカップには紅茶を注ぐと、なまえの机へ向かった。




――あらら・・・



なまえの机には、膨大な書類の束が所狭しと積まれていた。

やり終えた分とこれからやる分、きっちりわけられているのが彼女らしい。

床にまで積み上がる本や資料を崩さないように気を付けながら、なまえのところへと向う。

やっと辿り着いたが、目の前の書類の山が邪魔して姿が見えない。

オレはそろりそろりと倒さないようにそれを退かした。


あ・・・


そこに居たのは、机に突っ伏すなまえの姿だった。

相変わらず書類でも書いているのかと思ったから、拍子抜けしてしまう。

当たり前か・・・オレが寝てる間もずっと仕事してたんだから。

眠くない筈が無い。

オレはカップを空いてるところに置くと、まだ手付かずの方の山を見た。


こりゃ大変だな。

今日中に終わりそうにはない。

ったく・・・みんななまえに押し付けやがって。


オレは羽織っていた白衣を脱ぎ、呼吸と共に小さく上下するなまえの肩に掛けた。


・・・お疲れ。

後はオレが片付けとくから。

ゆっくり休んでな。


ポンとなまえの頭に手を置くと、残っていた書類を書き始めた。

なまえが起きる頃には終わるだろう。

そしたら、どっか一緒に休憩でもしに行くか。


そんなことを考えるだけで、いつもよりほんの少し、手元に置いたレモンソーダが甘く感じた。



fin.


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