▼ 実験体‐02
「そんなに暴れていると違う場所に刺さってしまいますよ」
「ひぁっ…!やっやだ!離して!助けてっ誰かぁーーーっ!!」
腕を掴まれ、いよいよ窮地に追い詰められる。
私はなんとしても打たれまいと、別の所に刺さると脅されようが抵抗を止めなかった。
…すると、男の口からフゥと短い溜め息が漏れて、それと同時に私の腕を掴む手が離れていった。
「やはり鳴海さんはとても気丈な方のようですね」
そう呟いて男はあっけなく注射器をテーブルの上に戻す。
…え…、うそっ、もしかして、諦めてくれたの…っ?
さんざん暴れた体を休め、このまま解放してくれるんじゃ…という期待を胸に男を見詰める。
そうして次の行動を待ちわびる私に向かって、男は感情の読めない涼しげな目元を細めてニッコリと微笑んだ。
「事前に打っておいて正解でしたね」
「…は…っ?」
──事前に…打った…っ!?
ささやかな希望が一瞬にして打ち砕かれていく。
目の前が真っ暗になるような感覚を感じながら、私はカタカタ震える口を気力で無理やり開いて男に問い返した。
「う、打ったって…ほ…っ本当に…!?」
「はい。ちょうど30分前に」
「……っ」
「もう少し量を追加したかったのですが…鳴海さんがあまりに拒絶するので諦めます」
…もう手遅れ…
今までの抵抗は無駄な努力だったってこと…っ?
出し切っていたと思ってたはずの涙がドッと溢れ出して次々と体にこぼれ落ちていく。
「…く…ッ、ぅ、う…っ」
絶対的な恐怖が全身を硬直させて、喉が引きつり声が出せない。
そんな言葉を失った私を放って、男はテーブルにあったノートを開くとカリカリと素早くボールペンを走らせ始めた。
「効き目が表れるまで思っていたより時間がかかりますね…。この薬はまだまだ改良が必要のようです」
…効き目って何…?
これから何が起こるの…?
どうなっちゃうの私の体…っ
「や…だ…っ、こゎい…助け…、っ…!?」
子供みたいに泣き喚きかけたその瞬間、突然心臓が一度だけドクンと大きく跳ね上がった。
それを機に血液を急速に体中に巡らせるような重い脈動が始まり、体が瞬く間に火照っていく。
…なに…これ…っ!?
沸き起こる感覚に私は眉を潜める。
快楽を得ているときみたいな浮遊感。
枷がこすれてヒリヒリしてた部分が熱をもって痺れ始めて、股の奥がそれに反応してズクズクと疼く。
…なんでこんなときに…っ
絶望的な現状とは裏腹にどんどん淫らになっていく体。
ついには心まで欲火にさらわれそうになって、私はなんとか気を奮い立たせようとキツく唇を噛み締めた。
「ようやく効いてきたようですね」
「…っ!」
男の声が耳に届いてまた心臓が大げさに脈打つ。
…ただの声にまでこんな反応するなんて…本当にどうしちゃったの私の体…っ!?
「注射した薬が何かわかりましたか?」
「…っわ…かんなぃ…っ」
「性機能の働きを強制的に促進させる催淫剤です。…媚薬と言った方がわかりやすいでしょうか」
「び、やく…っ?」
媚薬ってあの、Hになるっていう薬…!?
そんな…、彼氏と興味本位で色々試してみたことあるけど、こんなあからさまな効果なんて出たことなかったのに…っ
「どうですか? 体の具合は」
「あっ…!」
男の手が髪に触れた途端、ムズムズとくすぐったい痺れが体中を駆け巡った。
とっさに顔を背けたけれど、細い指はすぐさま後についてきて髪に差し入り、耳元の髪を掻き上げて耳にかけてきた。
「やっ…! ぁ…っ」
露わになった耳の輪郭を爪の先がゆっくりとたどっていく。
カリカリと細やかに掻かれる感触に震えが止まらず、拘束具が嘲笑うように甲高い金属音を立てる。
「今の気分を教えて頂けますか?」
「ふぁっ…!!」
耳からなだれ込む感覚に脳がとろけそうになってた最中、男が顔を寄せてきたかと思うと唇と耳が触れ合うスレスレの所でそう囁かれて、私は今まで以上に大きく体を跳ね上がらせた。
その声はもちろんのこと、静かな吐息や薬っぽさの混じった男の香りまで過敏になった体は甘い刺激として感知して淫情を生み出してしまう。
「恥じらわず率直に教えて頂けるとレポートがとりやすくて有り難いのですが」
「ひっ、あ…! ぁっ、んん…っ!」
私の反応を見てどれだけ敏感になってるかぐらい分かってるくせに男は執拗に軟骨から耳たぶまで爪先を滑らせながら耳元で囁き続ける。
抑えのきかない快楽に震えながらも私は、もうこれ以上コイツの思い通りにはさせるかとギュッと唇を固く結んで反抗を示した。
「…意地悪なんですね、鳴海さんは」
「…っ!」
あんたに言われたくないっ…!
男を睨み付けようとしたそのとき、耳を弄んでいた指がふと首筋に移り渡り、私はその新たな刺激に強気を繕おうとしていた目を情けなく伏せてしまった。
「でも、そういう態度は逆に自らを追い詰めるハメになってしまいますよ」
「あっ、あ…! ん…っ!」
鼓膜を震わす穏やかな声質と同調して指先はすべやかに首から肩、鎖骨へと移動していく。
頭と体の内に絶え間なく甘い痺れを送り込まれて、ゾクゾクと背筋に駆け抜ける快感を止められない。
気を緩めたら呆気なく腰が砕け果ててしまいそうだ。
「わたしは鳴海さんのような可愛らしい方に抵抗されると、ますます苛めてしまいたくなる性分なので」
「っあ…! だめっ、そこは…っ!」
囁かれた言葉がどういうことか見せ付けるように、指がゆっくりと下降して汗ばんだ胸の膨らみに添って円を描いていく。
男が見据えているのは胸の登頂で固く疼いている赤い実。
その視線と徐々に近づいてくる指先に極限まで焦らされて、心臓が壊れてしまいそうなぐらい激しく脈打つ。
「や、だっ…! 触んな…っあ! ひぁあああああっ!!」
ついに指がしこりに到達してしまったかと思うと間髪入れずそこをキュッとキツく摘まれ、今まで必死に保っていた強情が一気に砕け散っていった。
代わりに沸き起こった法悦によって全身が快感に埋め尽くされていく。
「あっ、ふぁ…っ! あ、んんぅ…っ!」
絶頂を終えてもビリビリと性感に流れる電流が止まず、呼吸を整えることすらままならない私は何度も体を痙攣させながら淫らな嬌声を漏らし続ける。
…ただ胸をつねられただけなのに…。
これで男が私を解放するとは到底考えられない。
今度は一体何をされるのか…。
私は恐怖と淫欲の狭間で揺れながら、歪ませた目に涙を滲ませた。
「薬は十分に効いているようですね」
「ひぁっ! あっ、く、んん…っ!」
憎らしいほど穏やかなトーンで私の鼓膜を震わせ続けながら、男は指の力を緩めて性感の塊と化した乳首を擦り撫でる。
まるでクリをいじられてるかのような熱い快感がイッたばかりの体に流れ込み、私は拘束具を一層大きく響かせて全身を震わせた。
「やだっ、こんなの…っんぁ! あぁっ、ふぁああっ!」
どんなに快楽を否定しようとしても、恐ろしいほど敏感になった体は男の淫行を喜んで受け、下半身をズクズクと疼かせる。
悔しさと恥ずかしさがせめぎ合い、冷めた涙が頬を伝い零れ落ちた。
「良い表情ですね…。できることならたっぷり時間をかけて楽しみたかった」
そう囁くと男は突然私から離れてテーブルの方へと歩いて行った。
「試作品を今日中にテストして結果をまとめろというせっかちな顧客がいまして。残念ですが早急に事を進めさせて頂きます」
唐突に快楽から解かれ、男が話していることも理解できずただただ呆然とする私の横目で男はテーブルの上の白い布に手をかけた。
気にはしていたけれど、今までのことですっかり存在を忘れていた布の下の物体。
布が取り払われその正体がわかった瞬間、私は火照っていた体を一瞬にして凍りつかせた。
「い…や…っ」
白に囲まれた部屋の中でウザイくらいに自己主張する真っピンクの小さな機械…。
そのチャチな玩具が私に何をするのか、どれほどの威力なのか、想像なんてしたくもないのに勝手に下腹部の奥が重く脈打ち始める。
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