▼ さどまぞ‐04
「っふ、ぁ…! あ…っ」
先生は頬を濡らした涙を指先で撫でまわすと、ますます笑顔を歪ませて手を振りかざした。
──バチッ!
「あ゛ぁっ!」
頭の中がチカチカと点滅するような痛撃が2発3発と立て続けに襲い掛かり、精神が痛みと恐怖心に追い詰められていく。
自分でも把握しきれてないほど涙が溢れているのか、顔全体がグシャグシャに濡れそぼって髪が気持ち悪いぐらい顔にへばりついてくる。
「…手、邪魔だよ?」
「へっ…?」
不意に投げかけられた言葉によって私は自分の顔を手で庇っていることに気が付いた。
無意識の内に防衛本能が働いてしまっていたらしい。
「ごっ…ごめんなさい…!」
とっさにそう言って手を下げて、これ以上抵抗してしまわないようにブラウスの裾辺りをぐしゃっと握りしめる。
すると先生は柔らかな笑顔を見せて、私の視界を邪魔する髪の毛をそろりと掻き分けた。
「天音はイイ子だ」
「…え…っ?」
思わず胸が高鳴り、身体が小さく跳ね上がる。
…いいこ…なんて、こんな風に言われたのは初めてかもしれない。
反芻するその言葉に身体の内を甘くくすぐられ、浮ついた吐息が漏れてしまいそうになる。
…でも、先生はそんな甘い余韻にいつまでも浸らせてはくれなかった。
「──っ!!」
再び先生の手が宙を掻き、私は反射的に固く眼を閉ざす。
その刹那に弾けた強烈な衝撃。
私はその1発であっという間に真っ白な世界へと突き落とされた。
空気のよどんだ室内に、頬を打つ乾いた音が何度も何度も響き渡る。
もう叩かれた数も把握しきれない。
何も考えることのできないまま、私はただひたすら一方的に先生からの暴力を受け続けていた。
両頬に蓄積していく痛み。
鼓膜を刺す打撃音。
激しく痺れる脳内。
顔は涙どころか鼻水や唾液までもが漏れ出してめちゃくちゃだ。
…それなのに、私はこの痛みを求め続けていた。
痛みによってもたらされる熱い疼き。
ピシャンと弾ける音が鼓膜を伝って胸を打ち、
痺れはゾクゾクと奮い立たせるように頭から全身へと流れていく。
苦しいのに堪らなく心地いい。
辛いのになぜか安心する。
苦痛と快楽が織り成すこの非日常的な感覚にいつまでも溺れていたかった。
「ぁ…っ! ぅう…っ」
不意に先生の手が止まり、室内が一変して静まり返る。
衝撃が止んで感覚が正常に戻り始めたのか、ビンタをされていたときよりも激しく脳内が揺れ出し、顔がジンジンと熱を持ち始める。
…もう、終わり?
私は名残惜しさと次への期待に胸を震わせながら先生を見上げる。
「楽しいねぇ」
恍惚とした表情で溜め息を混じらせながら先生はそう呟いた。
…そっか。先生もすごくすごく興奮してくれてるんだ。
私のことを本当に心から求めてくれているんだ。
そう思うと胸の奥がくすぐられるようにざわめいて、下腹部がトクンッと甘く脈打った。
「んっ…! ふ、ぅ…っ」
熱い頬に先生の指先が触れる。
痛みで敏感になった肌を撫でられると、ピリピリとそこが疼いて身体がますます騒ぎ立ってしまう。
「気持ちいいの?」
「ひぁっ! うぅ…っ!」
緩く爪を立てられ、駆け抜けた刺激にビクビクッと腰元が跳ね上がる。
そんな私を見下ろしながら先生はクスクスと笑って、爪先を頬全体に滑らせていく。
「んっ! く、ぁ…っ!」
ふと指が離れ、代わりに先生の吐息が顔をくすぐった。
そして今度は熱い舌が、涙をすくい取るように下から上へと這って行く。
その淫靡な感触にたちまち淫らな情欲が湧き起こって私を新たな不浄の世界へとさらい始める。
「やっ…! せんせ…っうぅ…!」
痛みで張りつめていた神経がみるみるうちに解きほぐされ、全身が甘美な肉悦に支配されていく。
次から次へと走る疼きは下腹部へと集中して流れ込み、背筋をゾクゾクと激しく震わせる。
排尿欲にも似たその震えに焦りを感じた私は慌てて先生の肩を押した。
「だめっ…せんせぇっ…! んっ、んぅ…!やだ、やぁっ…!」
「んー? どーして?」
「ぅうーっ!」
頭を押さえ付けられたかと思うと、指や舌で散々感度を高められた頬をおもむろに噛まれ、打撃とはまた違う重い激痛が貫き渡る。
そうだ、この男に抵抗は逆効果だった…。
そんな後悔を霞む頭の片隅によぎらせながら、私はくぐもった悲鳴を上げて痛みに泣き悶えた。
「っふ…! うぅ、っく…!」
歯の食い込んだ箇所を再び舌先が優しく癒すようになぞって行く。
代わる代わる与えられる痛みと癒しに翻弄され、体の内側は焼けるような熱情に侵されていた。
息はみだりに弾み、下半身の中心がドクンドクンと脈動を繰り返す。
脚をギュッと閉じてみてもその疼きは止む気配を見せない。
「ひゃっ!! あ、ぁうぅっ!」
鼓膜を直接濡らすかのように生々しく跳ねる水音。
完全に無防備な状態だった耳を不意に襲われ、淫欲が一層激しくなって体内に渦巻いた。
「やっ…いや…! 耳、やだぁっ! あっ…先生…っふあ!あぁあっ!」
ビクビクと痙攣の止まない下腹部。
これ以上刺激を受け続けると本当に失禁でもしかねないと気を揉んだ私は、ますます調子に乗ってしまうことなど構わずとにかく先生の動きを妨害しようと、必死に身をよじらせて先生の身体を押した。
…が、そんな非力な抵抗は当然なんの意味もなさず…
「いやっ、いや…! だめ…、っあぁ!ふぁああぁあっ!!」
舌の温もりと感触に包まれていた耳の軟骨をギュッと鋭く噛まれ、
その突然の刺激に緊張の糸がはち切れ、下腹部の奥で限界まで抑え込んでいた淫らな衝動が一気に弾けた。
「ああぁっ…ふあ、ぁ…うぅぅッ…!」
初めてビンタされたときのような身も心も白くに塗り替えられるほどの衝撃が突き抜け、そして快楽の高波が押し寄せて真っ白になった私を呑み込む。
熱く甘美な心地に溺れ、私は全身をブルブルと震わせながら至福のため息を吐いた。
「イッちゃったの?」
「ふぇっ…?」
先生の言葉によって、溶けきっていた思考がおぼろげに働き出す。
…今のが…イク、っていう感覚なんだ…。
初めて淫靡な世界を体感したことに高揚し、私はとっさに先生を見上げた。
きっと先生も私のこの興奮に共鳴してくれているはず。
…そう思ったのに、
なぜか先生は微笑みを一切打ち消した冷淡な顔で私を冷ややかに見下ろしていた。
「なんで勝手にイクの?」
「…っぁ…!」
その一言と表情に心臓を握り潰され、法悦に酔っていた身体がたちまち凍りつく。
「ご、…ごめんなさ…っ」
情けなく震える謝罪の言葉が言い終わらぬ内に先生が私を置いて立ち上がる。
自分一人で善がって、断りもなく勝手にイッちゃったから怒ってるんだ。
幻滅されたんだ。
ごめんなさい、待って、行かないで!
このままじゃ見放されてしまう。
そう思うと同時に底知れぬ恐怖や孤独感が広がり、私は先生に追い縋ろうととっさに身を起こした。
「あうっ!!」
けれど、持ち上げた頭を突如勢いよく叩き込まれ、再び床へと押し潰されてしまう。
「うぐっ…ぅ…ッ!」
上からグリグリと加えられる圧力によって顔がひしゃげるくらい床と擦れ合う。
かろうじて動く視線をもたげると、その先には私が求めていた笑顔を浮かべている先生の姿があった。
…私の頭を押さえ付けているのは先生の足らしい。
私は今、先生に踏まれてるんだ。
自分の置かれている状況を理解し、先生に捨てられなかったという安堵感がさっきまでの強張りを溶かしていく。
そして解き放ったはずの欲情が浅ましくも再燃し、身体の中枢を焦がし始めた。
靴で頭を踏みにじられているというのに、苛立ちや屈辱は一切湧かなかった。
それどころか、グリッと圧をかけられるたびに胸が弾み、下腹部が妄りに疼いてしまう。
…私は、本当に…『ヘンタイ』なんだ。
自らそれを認めると、卑しい喜悦が体中をゾクゾクと駆け巡った。
更に深くて狭い、先生の欲望の檻へと自分から閉じ込められに行く。
…もうここから抜け出すことはできない。
言い知れぬ悦びに震え、私は熱のこもった吐息を呻き声と共に漏らした。
prev / next