▼ 後輩に2
カーテンを閉め切った薄暗い美術室は、辺りに石膏や人物画が乱雑しているせいかやけに不気味な空気を漂わせている。
そんな中で一糸まとわぬ姿で椅子に座る市川先輩は酷く艶めかしくて、どこか神秘的なものに見えた。
──カチャッ
棚の上に無造作に置かれていた筆を一本手に取る。
その些細な音にさえも市川先輩は反応して大きく身を揺さぶる。
目隠しの為のタオルで顔の半分近くを覆われていてもわかるくらい、先輩の表情は恐怖と不安で引きつっていた。
「効いてきましたか?」
そっと歩み寄りながら、俺は先輩にそう尋ねる。
つい数分ほど前に飲ませた媚薬がそろそろ効いてくる頃だろう。
…といっても本当にそんな危なげな薬を使うほど俺は悪じゃない。
『ものすごく強い作用のある媚薬です』
そう言って飲ませたのは、どこにでも売っているただのラムネ菓子だ。
5分くらいで効果が出てくる。
そんな適当な俺の話を完全に信じ込んだのか、市川先輩は苦しげな吐息を漏らして微かに身体を震わせていた。
プラシーボ効果ってすごいんだな、なんて他人事のように思いながら俺は口元をニヤリと歪ませる。
「…なんで…こんなこと、するの…っ?」
荒い吐息と共にこぼれた先輩のか弱い声。
何度も耳にしたその言葉に俺は思わずため息をつく。
…なんで? どうして?
それはこっちが聞きたいですよ。
…どうして、あんな男のものになっちゃったんですか?
俺の方がたくさん先輩と一緒にいたのに。
俺の方がアイツなんかよりずっとずっと先輩のことを想っていたのに。
「薬が効いてきたかどうか聞いてるんですけど?」
「──ひっ…!」
苛立ちを隠して、俺は持っていた筆の先で先輩の胸元をそっと撫でた。
とたんに先輩は体を硬く強張らせて唇を噛み締める。
「くすぐったい? …それとも、感じてるんですか?」
「……っ」
声を出さない代わりに先輩は激しく首を横に振る。
けれど吐き出される息はさっきよりも明らかに荒く熱っぽくなっていた。
「へぇー? そのわりにはすごいビクビクしてますけど?」
わざと嘲笑混じりに囁いて、円を描くように胸の膨らみを筆先で撫でまわして行く。
先輩は筆の行きつく先を予期したからなのか、ますます体をぎこちなく縮こまらせた。
…さて、どこまで虚勢を張れるだろうね?
必死に理性を保とうとしている先輩を挑発的に見下ろしながら、俺は筆を胸の頭頂部へと滑らせた。
「っあ!!」
「…ん? なんですか、その声?」
クスクスと笑みをこぼすと先輩は耳の先まで真っ赤にして両手で口を覆った。
抵抗したり体を隠そうとしたりするのは駄目って言いつけたんだけど…、まあこれくらいは許してあげよう。
「も…、やっ…ゃめ、て…っ!」
「どうして? 感じちゃうから?」
筆の先端で胸の先端をしつこくくすぐり続ける。
するとそこはたちまち筆に反発するほどに固くなっていった。
「気持ちいいんですか? こんな道具に弄られて感じるなんて、やっぱり市川先輩って変態なんですね」
「…っ…、いゃ…っ! もぅ、や…めっ」
「その言葉は聞き飽きました」
「あぁっ!!」
軽い憤りを込めて筆をグリッと頭頂部に押し込めると、先輩は高い悲鳴を漏らして大きく身をわななかせた。
脚をしきりに痙攣させて、そして深く息を吐き出しながら身体を脱力させる。
それは絶頂を迎えたときとよく似た反応だった。
「…イッたんですか?」
俺の問いかけに先輩はビクリと肩を震わせる。
俯かせた顔はこれまでにないぐらい紅潮していた。
「ふふっ、イッちゃったんだ、今ので?」
『本当に市川先輩は可愛いですね』
その言葉を呑み込んで視線を下腹部へと下ろす。
椅子に小さな水たまりができるほどにそこは欲情をあらわにしていた。
「…でも、これだけじゃ全然足りないですよね?」
「ひッ…! あ、あっ…!」
太ももに筆先を置くと先輩はおおげさなくらい体を跳ね上がらせた。
とっさに伸びてきた手を振り払って、思うままに筆を脚の付け根へと這わせていく。
「ねぇ、なんでこんなに濡れてるんですか?」
意地悪な言葉を投げかけながらビクつく股間を何度も筆で撫で上げる。
…けれど肝心な所には決して触れない。
先輩が自ら欲求を口にするまで、極限まで先輩の身体を焦らし続ける。
「やぁっ…もぅ…お願、い…っ」
「ん? 止めて欲しいんですか?」
先輩は俯いたまま弱々しく首を横に振る。
「…ィ、かせて…っ! …筆、じゃなくて…っ晶の で…っ!」
「……っ」
先輩のその言葉だけで、ゾクゾクと身震いするほどの支配欲が全身を満たしていった。
同時に罪悪感や劣等感が鈍く胸の内を締め付ける。
そんな劣情を無理やり振り解いて俺は先輩の濡れた唇を指先で撫でた。
先輩の全てが欲しい。先輩を俺だけのものにしたい。
…でも、もうそれは叶わない。
ここに自らの唇を重ねる資格は俺には無い。
「また、気を失うまで何度もイかせてあげますよ」
そう言って俺は先輩の頬に伝う涙をそっと舐め上げた。