▼ 秘め事‐02
「…あっ、私奢るから、好きなものなんでも食べていいからねっ!」
「これが口止め料?」
「うぐっ」
…あぁ、わかってらっしゃったんですねー。
そうだよね、私の態度あからさまだもんねー。
奢りじゃなきゃ大して仲良くなかった同級生と飲みになんか行かないよねー、えへへ…っ。
「その通りよ! だから心ゆくまで食べてねっ」
「普段食えないもんいっぱい食べる」
わひゃー。私の財布空にする気満々だー。
あっはっは、グッバイ今月のお給料。
「…ところでこんな所まで連れてきといてあれだけど、都合大丈夫なの?」
「予定は特にない」
「今仕事帰り?」
「いや、接着剤とかワイヤーを買いにきてた」
「接着剤ぃ? クリスマスなのにっ?!」
「うん」
「ぷーっ、可哀想な奴ー」
「広瀬よりはマシだと思う」
「うぐぐっ」
からかうつもりが返ってきた言葉に撃沈され、笑顔を凍り付かせる私。
頭の中で深呼吸して挫けそうになった心をなんとか落ち着かせて、夏見の隣りに置いてあるビニール袋に視線を移す。
結構ずっしりしてるから、接着剤とワイヤー以外にも色んな道具が入っているのだろう。
「…何か作るの?」
「ペタゴラ装置作る」
「ペタゴラ装置? …ペタゴラ装置ってあのMHKの?」
「あ、知ってるんだ」
「知ってるよ! あんなの作るのっ?! 凄い凄い凄い!!」
「広瀬が知ってるとは思わなかった」
「だって朝やってるのとか見てるもん! あの番組面白いよねっ!」
ペタゴラ装置とは、家庭にある道具とかを使って作られた巧みな仕掛け満載の凄い装置のこと。
この話を友達や彼氏に話してもてんでポカンで相手にされず、ずっと一人でひっそりと楽しみ続けてきた。
感動を分かち合える同士が現れたことに興奮し、私は身を乗り出して番組のことを熱く語った。
夏見はペタゴラ装置みたいなのを作るのが最近の趣味らしい。
好きなことの話をしている夏見の顔も心なしか生き生きしているように見える。
そうして少々マニアックな話に花を咲かせていると、注文していた飲み物が運ばれてきた。
「ペタゴラ装置に乾杯」と意味不明な乾杯をして、実は苦手なビールを一気に喉に流し込む。
「…っ、もへー! 苦い!」
「不味いのか」
「いやあ、もともとビール嫌いなんだよねぇ…」
「嫌いなのになんで頼む」
「この苦味を味わって泥酔したい気分だったのよ…。へへへ」
「ふっ、確かにあんな別れられ方されたら、やさぐれたい気持ちにもなるな。…ていうか何やらかしてあんな展開に」
「プレゼントにね、時計作ったの。これなんだけどさ…。そしたらどん引きされちゃった」
彼氏に蔑まれ、雪の中へ落とされた可哀想な時計をテーブルの上にコトリと置く。
…ペタゴラ装置好きの夏見なら少しは凄いと言ってくれるかな…。
…ああでもこの期待をバッサリ裏切られたらどうしよう。
今日の私、とことん空回りしてるからなぁ。
これでまた彼氏と同じようなこと言われたら私、森ガールどころか樹海ガールになっちゃうよえへへへ。
「作ったのか、これ」
「うっ、うん」
恐る恐る夏見の顔を盗み見る。
無感情な瞳は一直線に時計へと降りている。
「一から?」
「さすがに一からは作れないから、外装だけ…。はは、やっぱ引くよねぇ…?」
「いや…、凄い」
「へっ…」
「凄すぎてある意味引く。…触っていい?」
「どっどうぞ!」
「おお、しっかりしてる。…なんか、未吉雨男っぽい」
「!! …あ、あ、あっ…雨男だよ…っ、雨男だよぉおーーっ!! わかってくれるかいお前さん!!」
「わかるわかる」
ひゃわわわぅわぅわあーーっ!
夏見くん、あなた最高の男だよ! 涙ちょちょぎれるよ! 悲しかった出来事なんかもう消し去っちゃったよ!!
「良かったらそれ、夏見にあげるよ」
「…! いいの?」
「うん、だって私の腕には合わないし、こんなに褒めてくれるの夏見くらいだしね」
「…本当に、遠慮なく頂くよ?」
「うんっ、どうぞどうぞ!」
「…うわ、ヤバい、嬉しすぎて手震える。…ありがとう」
お礼を言う夏見の顔は無表情でわかりやすい笑みなんかはないけれど、心の底から喜んでるっていうのがヒシヒシと伝わってくる。
私も、自分の作ったものでここまで感動してくれる人は初めてで凄く嬉しい。
胸が熱くなって涙が滲んでくる。
それをごまかすように私はギュッと目をつぶってビールを喉を鳴らして飲み込んだ。
夏見はなかなか感情を表に出せないタイプらしい。
テストでいい点とって先生に誉められても、バレンタインに女子からチョコもらっても、眠たそうな顔でポケーっとしてて、当時の私はつくづく愛想のない奴だなーと思ってた。
でも実は内心では結構浮かれてたんだそうな。
話せば話すほど夏見が私とかなり趣味の合う面白い人だとわかってくる。
高校生活のことをあれこれ振り返り、時計の話題に戻って江戸時代のカラクリの話へ…。
夏見との会話は本当に楽しくてお酒もおつまみもガツガツ進む。
そして、時間もあっという間に過ぎていった。
「もう11時だ」
夏見が時計を見て呟く。
「ほんとだ…」
そろそろおひらきにしましょうかという雰囲気。
…お酒飲みすぎて頭の中がうにゃうにゃする…。
これで私がもっとデロンデロンに酔ってたら「しょうがない、とりあえず俺ん家に…」なーんて流れになってたかなぁ。
…まあそんなドラマみたいなことあるわけないし、これ以上醜態晒すわけにはいかないし……
「帰る?」
夏見を引き止める理由はもうない。
私はうつむいて「うん」と物悲しく答えた。
トイレで用を足し、未練たらたらな気持ちをどうにか押さえて、おぼつかない足取りでレジに向かう。
…と、ぼんやり突っ立ってるのかなと思っていた夏見が自身の財布からお金を出してお会計を済ませていた。
「な…っ! 私が…!」
「いい。時計もらったから」
しれっとそんなことを言って夏見はお店のドアを開ける。
慌てて追いかけ外に一歩踏み出すと、一段と冷えた風に煽られ、あまりの寒さに夏見を掴もうとした手がビキッと張り詰めた。
「びゃぁあぁ! 寒いぃい゙ぃっ」
「店戻りたくなるな」
「うんうん!寒すぎっ! …って、そんなことよりお金…っ」
「時計で十分」
「そんな…ほんとにいいのっ?」
「うん」
「…じゃあっ、絶対絶対今日のこと同級生に言っちゃダメだからね!」
「わかった。広瀬がフェラ下手だってことは誰にも言わない」
「んなっ?! へっ下手じゃないもん!」
「へぇー」
うがっ…、今更になってからかい始めやがったコノ野郎!
それとも本当にヘッタクソと思われてる?
どっちにしろムカつく!
あああヤバい…興奮したから頭ぐにゃぐにゃしてきた…。
ぐにゃぐにゃぐにゃもじゃもじゃもじゃ……
「…じゃあ、私のテクがどれほど素晴らしいものか、じっくりと体感させてあげましょうかっ?」
・ ・ ・ ・ ・
…お酒の力は恐ろしい。
アルコールに脳を支配された私はとんでもないことを口走り、その勢いのまま夏見を引っ張ってホテル街へ連れ歩き、適当なホテルの一室をゲットしてしまった。
寒い中ウロウロしてる間にだんだんと酔いは覚めていき、いかにもラブホテルですといった雰囲気の部屋を見た瞬間、緊張が体内で嵐のように吹き荒れ、酔いなんてものは瞬く間に吹き飛ばされた。
真っ白い大きなベッド、その脇には赤い変な形状のイス…いわゆるセックスマスィーン。
なんか安っぽい絵画、隅っこにはスロット台…。
ここは、紛れもなくラブホテルだ…!
あばばばばば
なんて所に来てるの私ああああっ!!
無理無理無理無理!
いくらときめいたとはいえ、やっぱり同級生とそんなふしだらな関係になるなんて無理だって! 恥ずかしすぎるって!!
ラブホテルオーラに圧倒され立ちすくんでいる私とは対照的に、夏見は普通にコートを脱いで、どっこいしょといった感じで普通ーにベッドに腰掛けた。
…夏見は今一体何を思っているんだろう…。
抵抗すらしないで黙ってここまで付いて来てくれたってことは…、ヤる気満々?!
夏見ってそんなガツガツいけるキャラだったっけ?!
彼女作るよりペタゴラ装置作ってたいとか言って淡白アピールしてたくせに…!
なんだかんだで性欲は有り余ってるゼっていうこと!?
「脱がないの?」
「はいっ?!」
「コート」
「あっあっ、あぁ! うん、そだねっ」
悠々とベッドに座る夏見に指摘され、石化していた私はわたわたとコートを脱いだ。
そして夏見の隣りに行く勇気なんてありはしないのでソファーにちょこんと座る。
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