▼ 秘め事‐01
今日はクリスマス。
一年の中でもっともロマンチックな日。
美しいイルミネーションに囲まれた街を愛しのマイダーリン、ヒロくんと歩いて、ちょっと奮発して高めの居酒屋へふらり。
美味しい料理とお酒で私もヒロくんもいいカンジにほろ酔い気分。
そろそろ、最終目的地ラブホテルへ行こうかと切り出される頃かな…。
でもその前にヒロくんにとっておきのクリスマスプレゼントを渡さなきゃ。
ホテルに着いてからでもいいんだけど…、だって早くヒロくんの喜ぶ顔が見たいんだもんっ。
「ねぇねぇヒロくんっ、これ…クリスマスプレゼント!」
そう言って私は可愛らしくラッピングしたプレゼントをヒロくんに差し出した。
「えっ、マジ!? サンキュー!」
「ヒロくん腕時計欲しいって言ってたでしょ? 気に入ってくれるかわかんないけど…」
「時計? マジでっ!?」
プレゼントを受け取るとヒロくんはすぐさま包装紙をビリビリと破き始めた。
…キャラメル包装のアレンジバージョンで結構時間かけて包装したんだけどな…。
うん、まあ、早く開けて見てもらいたいからどうでもいっか!
…そして、出てきた黒い箱をヒロくんは満面の笑みを浮かべて開いた。
「…えっ、何これ」
「手作り腕時計だよっ!」
「手作りって…またお前が作ったのか?」
「そう! 未吉雨男時計のデザインを参考にしてねっ、ベルトもバックルも頑張って作ったんだよ! 凄いでしょ!? アンティークな感じがイイよね! 世界に一つだけのオリジナル時計だよっ!」
「…帰る」
「んぇ?」
「もうお前とは付き合えねぇ。別れるわ」
「えぇえっ!?」
ヒロくんも私と一緒に大興奮してくれるかと思ったのに…、出てきた言葉はあまりにも意外なものだった。
固まる私をよそにヒロくんは席を立ち、さっさとお店のドアへ歩いていく。
「…まっ、まま待ってよ!!」
ヒロくんが外に出て行ったところで真っ白になった頭が正常に戻り、私も慌てて鞄に時計を詰めて立ち上がった。
急いで会計を済ませてお店から飛び出すと、ヒロくんはだいぶ遠く、マッチ棒サイズくらいになる所まで行ってしまっていた。
「ヒロくんっ、ヒロくん! 待って!!」
全速力で追いかけ、必死で呼び止める。
振り返ったヒロくんは眉間にシワが寄っていて、いかにも不機嫌という様子だ。
「なんで帰っちゃうのっ? 別れるって嘘でしょ!?」
…これはきっとサプライズ企画だ。
別れるとか言って不安にさせて…、ホラあのお店の電光看板が『あいしてる』って文字に変わって私をチョー感動させるとかそんな魂胆なんでしょっ?!
その期待を胸に寄せ、私はヒロくんにヘラリと力無く笑いかける。
「重いんだよお前。見た目と中身ギャップありすぎ。それで時計だのお菓子だの作ってくるとかマジないわ」
「えっ…、ご、ごめん…。喜んでくれると思って…! でももう作んないから…っ」
「ヤリマンっぽいからエロいのかと思ったのに全然だし。フェラ下手だし」
「そっ…」
そっそんなこと、こんな所で公表しないでよ!
と口に出そうと思ったけど、すれ違う人たちと視線がぶつかり、恥ずかしくなって私は顔をうつむかせた。
「お前といると疲れるわ。…じゃーな。ストーカーとかになんなよ」
「…や…っ! やだ、やだっ! 待って…!」
クルリと方向を変えて再び私の前から去ろうとしたヒロくんの腕をとっさに掴み引き止める。
「やだ、別れたくない! 重いとことか直すから…っ」
「うぜぇ!」
「っあ…!」
力いっぱい手を振り払われ、私は豪快に尻餅をついた。
その拍子に鞄から時計が転がり、雪の中に埋まってしまった。
…ああ…っ! 非防水の時計が!
完成まで4ヶ月もかかったのに!!
光の速さで時計を救い上げ、針を凝視する。
…カチ、カチ、カチ…
正しく稼働している秒針を見てホッと一息。
「はぁーー…」
…一息のはずだったんだけど、随分と長く深いものになってしまった。
“重い”“疲れる”
…そう言われて振られるのはこれで5回目だ。
全てはこの見た目のせい。
アッシュカラーのふわクシャロングヘアを赤緑黄白のクリスマスカラーのぽんぽこシュシュでトップでまとめて、
メイクに一番時間をかけてる目は上下つけまつげドバーン。黒いアイラインがっつり。
季節感無視のショートパンツと、胸がガバッと開いたエロトップス。
私の外見は、可愛いギャルにもなりきれてない下品な小娘だ。
だれもが私のことを頭の悪い、品のかけらもないアホ女と思うだろう。
けど違う。
こう見えて私は、手芸大好き・家事大好きな、チョー女の子らしい女の子なのだ!
ちなみにシュシュも手作り!
…本当はこういう格好はしたくない。
ゆるふわがいい。森ガールがいい。いっそのこと山ガールでもいい。山野草可愛いよね。
でも、こうなる道を選んだのは私自身だ。
高校生の頃の私。
高校デビューに憧れたアホな私。
どうしてもどうしても、彼氏をゲットして学園恋愛というドキドキでキラキラな経験をしたかったのだ。
だから無理してオシャレして、恋バナの尽きない一番派手な女子のグループの輪の中に入り込んだ。
それからなんやかんやで後には退けなくなり、二十歳になった今でも派手派手な偽りの自分をつくろっている。
この身なりのおかげで体目的の男は簡単に言い寄ってきた。
セックスのことしか考えてないとわかっていても、私は寄り添える相手が欲しくてチャラい男のチャラい告白をあっさりOKしてきた。
でも、どんなに体を重ねても心から満たされたことは一度もない。
後に残るのは虚しさだけ。
…私はいつまでこんな状態を続けるんだろう…。
なんて考えてたらパンツに雪が染みてきてお尻がすんごい冷たくなってきた。寒い。
…早く帰ろう…。
気持ちを切り替え、さて立ち上がろうと顔を上げたそのとき、一人の男性とバチンと目が合った。
「…あ」
私は思わず声を漏らす。
ちょっと眠たそうな表情。けれど男らしい整った顔立ち。
頭の片隅に追いやられてた記憶がドッと溢れ出す。
「…夏見…?」
「やっぱ広瀬か」
目の前にいる男性はなんと、高校時代の同級生だった。
とはいえ系統が全く違ったため、まともに話したことなんて一度もない。
ただ3年間同じ教室で学校生活を共にしてきただけ。
…なのに、まさかこんな状況のときに出くわすだなんて…!
ていうかいつからいたのっ!?
「さ、さっきの…見てた…?」
「別れるって嘘でしょ? から」
最初から最後まで見られてるーーーーっ
「な…っ、ぁ、あ…っ」
「ずっと座り込んでるから、変なところでも打ったのかと思った。…放心してただけか」
お優しい気遣いをかけてくれつつ夏見は私の前にしゃがむ。
…ぅあ…やっぱりイケメンだなぁ。密かに女子に人気あったもんなー。
…いやいやいや、見とれてる場合じゃない! どうしよう! この無様な一部始終を他の同級生に言いふらされたら!
友達から友達にどんどん広がって…
クラス中、いや学年中の笑い者にされてしまう!
そんなのいやああああっ!
「まだ放心中?」
「…あ、のっ」
何としてでも口止めしなきゃ…!
硬直している私の頭をポコポコとチョップしてきた夏見を見上げ、私は引きつった声を絞り出した。
「のっ、飲みに行かないっ?」
・ ・ ・ ・ ・
都合も聞かず唐突に誘ったにも関わらず夏見はしれっとした表情のまま気軽に「いーよ」と答えてくれた。
いい加減寒さが限界にきてた私は近くにあった飲み屋を適当に選んで早足で中へと入った。
席に案内されてる間、イチャイチャラブラブとお酒を飲み交わしているカップルが嫌というほど目に入り、心まで寒くなっていく。
飲まなきゃやってられない私は早速ビールを注文した。
「…俺はウーロン茶」
「ん、お酒飲まないの?」
「車だから」
「そっか」
注文を受けた店員さんが忙しそうに厨房に駆けていく。
前に座っている夏見はメニューとにらめっこ中。
うーん…勢いで誘い出したものの、夏見と面と向かって話すなんて初めてだからどんな話題を振ればいいのやら…。
…なんとなく気まずい沈黙。
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