▼ 操られ人形3‐02
「っう…!」
体のラインをなぞるように移動していく感覚は昨晩味わったときと同じく、本当に誰かに直接触られているんじゃないかと思うほどリアルだった。
ずっと神経を張り詰めていたせいで過敏になった身体はどこを触られてもゾクゾクと不浄な淫欲を湧き立たせてしまう。
自分ではどうすることもできない下半身の疼きに美園はモゾモゾと太ももを擦り合わせながら唇を噛み締めてこぼれそうになる声を抑えた。
…っあ…! だめ、背中はっ…!
身体の表側を這いずり回っていた感触が後ろへと回り込み、ツゥゥッと背中を撫で上げる。
爪の先で掻かれたような少し硬い繊細な刺激に一気に快感が溢れて体中がわなないた。
無意識に喉がヒクッと引きつり、美園はとっさに口元を手で押さえる。
「っ…、ふ…! ぅ…ッ」
うぶ毛を逆立てるように優しく緩やかに上っていき、うなじのあたりまで達したところで一息に腰元まで降りていく。
予測のつかない意地悪な動きに翻弄されて、真っ白になっていた美園の脳内は熱く溶かされていく。
なんとか声が出ないように堪えながら美園は隣に座っている友達を横目で見やる。
派手なアクションシーンに夢中でこちらには全く気付いていないようだ。
…でももし、一つでも淫らな声を上げてしまったら…。
そんな緊張感と、欲に溺れることのできないじれったさが美園の心を甘く妖しく追い詰めていく。
…だめ、こんなところでイクなんて…っ!
まだ秘部を触られてもいないというのに美園の身体はすでに限界を訴え始めていた。
ここは映画館なのに、隣りには友達がいるのに…。
そう思えば思うほど淫靡な背徳感が押し寄せて理性を狂わせる。
…こんな自分をどこかで見ているんだろうか。
相手の視線を意識するとますます体内は熱を上げて快楽の頂点へと駆け上がっていった。
…しかし、
「……っ?」
絶頂を迎えようとしたその瞬間、美園を支配していた刺激はピタリと止まって存在を消してしまった。
…え…っ? なんで…っ
突然快感が途切れ、法悦を掻き消されてしまった美園は困惑の表情を浮かべながら火照る身体をブルッと小さく震わせた。
体内に残された熱情がぐちゃぐちゃに煮詰まって渦を巻いて眩暈を引き起こす。
しかしどんなに欲しても体に触れる感触は戻ってこない。
…もう終わりなの…?
それとも焦らしているだけなのか。様々な考えがよぎって美園の脳内を掻き乱していく。
映画館という慣れない環境のせいで普段よりも余計に相手の思惑を掴むことができず、美園はただ混乱するしかなかった。
こっそりと携帯を覗いてみても受信ランプは点灯していない。
どうすることもできないまま煮え切らない欲情だけが募り、耐え切れず涙となって込み上がる。
映画は主人公と仲間がふざけて笑い合っている愉快な場面だというのに美園は今にも泣き出してしまいそうだった。
…とそのとき、不意に美園の脚にブブブブッ…という鈍い振動が走った。
「っ!!」
驚きのあまり瞳に溜まっていた涙をポロリとこぼしてしまいながら美園は息を呑む。
この感覚は忘れもしない。昨日美園をあっという間に絶頂に突き上げた振動と全く同じものだった。
「…っ…!」
再び途切れたかと思うと今度は反対側の脚に震えが響き渡る。
「ちょ、ちょっとトイレ行ってくるね…!」
隣りの友人にそう告げると美園は慌てて席を立った。
昨日と同じ衝撃を受けても声を抑えて悶えるのを我慢し続けるなんて、とてもじゃないが耐えられない。
脚を這っていた痺れがまたしてもピタリと止まる。
次の振動がくる前に早くここからでなきゃ、と美園は急いで出口に向かった。
「ひッ…!!」
ドアを掴んだ瞬間、これまで一度も触れられていなかった秘部に振動が走り、雷に打たれたかのような衝撃が美園の身体に襲い掛かる。
それでもなんとか力を振り絞って重たい扉を開けて美園は外に飛び出した。
「っあ…! うぅッ…うぁ…!」
耐え切れずその場に崩れ落ちて声を上げる美園。
見渡す限り通路に人は一人もいない。けれど静寂な空気を震わせる小さな振動音がどこからか鳴り渡っていた。
…近くにいるんだ…。
相手の存在を知ると同時になぜか緊張が微かに和らいで、ふわふわとしたくすぐったい疼きが全身を駆け巡った。
美園は迫り来る絶頂感に悶えながら体を引きずって映画の立て看板や登場人物の等身大パネルの陰に隠れる。
「はぁっ、…っは…、ぁ、あッ…!」
秘部を覆う振動は昨日のものよりもまだだいぶ控えめだった。
それでも、これまでに散々溜められてきた快感と男がそばにいるという不思議な安心感に奮い立たされ、美園は瞬く間に快楽の頂点へと登り詰めていく。
「イッても、いいですか…っ?」
必死に絞り出した弱々しい声で姿の見えない相手に限界を伝える。
するとそれに応えるように振動が強度を上げた。
「ひっ…あ、ぁぁっ…! ッく、ぅぅぅ…!」
愛液にまみれて蕩ける媚肉を揺さぶられ、荒々しい恐悦が全身を覆い尽くす。
そしてその刺激に突き動かされるがままに美園は絶頂を迎え、小さく縮こまらせた体をビクビクッと激しく痙攣させた。
「〜〜ッ…!! …はあっ!はっ…、ぁ…っ」
自分がどこにいるかもわからなくなるような真っ白な浮遊感に包まれ、意識が溶け出していく。
美園は大げさなぐらい息を乱しながら壁にぐったりともたれ掛った。
振動はもう止められている。
しかし痺れの余韻がいつまでも鮮明にこびりついてなかなか身体を落ち着かせることができない。
美園は喘ぎ混じりに何度も体を震わせながら、振動音が聞こえてきた気がする通路の先を見詰める。
…次は何をされるんだろう。
ぼんやりとした意識の中で、何か指示が来てるかもしれないと気づいた美園は鞄から携帯を取り出した。
「…ぁ…っ」
新着メールが一通。
美園はすぐにそれを開いて内容を確認する。
『トイレに行け。映画が終わるまでバイブつけっぱなしにしておくから何回イッたかちゃんと数えてろよ』
「そっ…!」
…そんなの無理だよ…っ
まるで拷問とも思える過酷な命令に、乱れていた胸の鼓動がさらに激しくなって体中に響き渡る。
しかし美園はその指示に従うためによろよろと立ち上がった。
歯向っても仕方がないからと美園は自分に言い聞かせる。けれど腹の底では、淫らな好奇心がジリジリと燃えて体中の性感を熱く甘く焦がしていた。
壁に体重を預けてなんとか体を支えながら、男がいるかもしれない通路の先にもう一度視線を向ける。
物音は何も聞こえてこない。でも確かにそこにいて、自分のことをちゃんと見守って、弄んで愉しんでいる。そう思うと火照った身体が更に熱くなって疼いた。
美園は強く脈打つ胸を押さえて灼けた吐息を吐き、目的の場所へと向かって歩き始めた。
「…あっ! 美園ちゃんっ?」
「へっ!?」
静まり返った通路に突如響いた、自分の名を呼ぶ男の声。
淫欲に溺れて意識が朦朧としていた美園はその呼びかけに心臓が飛び上るほど驚きながらとっさに振り返った。
「大丈夫? なんか具合悪そうだけどっ…」
そう言って駆け寄ってくるのは美園に飲み物を買ってくれた男だった。名前は沢井…、いや、井沢だったかもしれない。
「全然帰って来ないなーと思って、気になってさ」
「あっ…、ごめんなさい、ちょっと疲れちゃって…っ」
「結構人混んでるし、爆破シーンとかすげぇうるさかったもんねー。俺もちょっとクラクラしてるかも。ロビー行って軽く休もっか?」
「えっ!? いや、あの、私は大丈夫なのでっ…」
「…それとも、このまま2人でどっか行っちゃう?」
「え…っ?」
予想外の提案に思わず言葉を詰まらせて固まる美園。
「とりあえずロビー行こ」
そんな美園の手を取り、沢井沢は半ば強引にロビーへと向かって行った。
「………」
徐々に遠のいていく美園の声を聞き、通路の片隅で2人の会話を全て聞いていた笹原は後を追おうとしたものの一歩踏み出してすぐに足を止めて、握りしめていた携帯の画面を見下ろした。
無意識の内にメールを開いてはみたが、何を送ればいいのかわからない。当然美園からメールが送られてくることもない。
笹原はしばらく携帯を睨んでいたが、ふと諦めたように電源を落してポケットに仕舞い込んでしまった。
…男の声が聞こえてきたとき、笹原は『こんなときに誰だ。邪魔をするなよ』と怒りを覚えた。
だが2人の様子を盗み見た瞬間、その怒りは一気に冷めきって笹原の心を冷たく凍りつかせた。
『…邪魔なのは俺の方だ』
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