▼ 操られ人形3‐01
──プルルル、プルルル……ッ、
「…もしもし、美園さん? ごめんね、遅い時間に」
「…な、なに…っ?」
受話口から流れる美園の声はいつもと変わらずか弱く震えていた。
恐怖とも期待ともつかない浅い呼吸が微かに聞こえてくる。きっとどちらの感情も混じり合っているのだろう。
その聞き慣れた声と吐息にほくそ笑みながら笹原は言葉を続ける。
「ちょっと試したいことがあってさ」
「…っ、なにをするの…?」
警戒を強めた美園の声色が一段と重くなる。
携帯を握りしめている彼女は今頃、これから受ける未知の刺激に怯えて身を強張らせていることだろう。
そんな姿を想像しながら笹原は机の上に手を伸ばす。
そこには今まで使っていた古風なワラ人形とは違う、白い人形が置かれていた。
顔も何も描かれていない体長5〜6p程度の簡素な人形は、スポンジのような素材でできているのか、降りてきた笹原の指の圧力に従って柔らかく表面を凹ませた。
「っあ!!」
途端に跳ね上がる甘い声。
期待通りの反応にますます笑みを歪ませ、笹原は指先で人形の身体をくまなく撫で回していく。
「ひっ、あ…っ! あぁっ!」
「どう? 今までよりも触られてる感覚が強くなってる?」
「ど…っ、どうして…っ」
「性欲の激しい美園さんの為に改良してあげたんだよ。これならもっと気持ちよくなれるだろ?」
「ひあっ! あ、ぅあっ…! やめて…っ!」
「ふふっ、…あとね、もう一つイイことを思いついたんだ」
そう言うと笹原は以前使用していた携帯を手に取り、バイブ機能を発動させた。
そしてその鈍く振動する携帯に躊躇なく人形の股間を押し付ける。
「きゃッ!? あっ…ううぅぅッ! ふぅうううっ」
一瞬飛び出した悲鳴はすぐにくぐもった声に変わった。
家族に声を聞かれるのを恐れて口を押さえたのだろう。
それでも笹原は構わず人形を掴んでグリグリと股間と携帯を擦り合わせた。
「どのパターンが一番感じやすいかなぁ」
「やっ…あ!うぅっ!ううぅぅーっ!」
ブブブブッと小刻みな振動からブーッブーッと一定の長さを刻む振動に変えると、さらに切迫した嬌声が響き渡った。
笹原はその反応をじっくりと聞き入れながら数種類あるバイブのパターンを次々に試していく。
「これが一番良さそうだね」
「ぅあっ…あぁ! ッふ…ぅぅううっ!」
美園の声を聞き分け、笹原はヴーーーーッと途切れることなく唸り続ける振動で指を止めた。
「どう? 正解?」
「っうう…! だ、めっ…あ!ああぁッ…んんぅぅっ」
笹原の読みは的中したらしく、受話口から溢れ出る声は一段と高まり、荒々しい吐息の雑音が笹原の鼓膜を震わせた。
笹原は美園の悶える様をゆっくりと楽しもうと人形を密着させたまま携帯を机の上に置いて悠長に椅子に深く腰掛け直す。
しかし、一息つく間もなくすぐに美園の甲高い声が耳を突いた。
「あっあぁ…!も…っイクッ…!イッ、イかせて、ください…っ!」
「え? もうイクの?」
「ひあッ!あぁぁっだめ…ッうぅ!ううううぅッ!!」
許しを待つ余裕すらなかったのか、美園は笹原が驚いている間に絶頂を迎えてしまった。
法悦に達した鳴き声を聞き、笹原は慌てて人形から携帯を離してバイブを止める。
「…あはは、こんなあっという間にイクなんて思わなかったよ」
「っう…、ご…めんな、さぃ…っ」
「いいよ。それだけ効果があるってことがわかったから。明日の為のいい予行演習になった」
「…あした…っ?」
「美園さん、友達と映画観に行くんだろ?」
「……っ!」
答えは返って来なかったが、美園が身体を強張らせて驚いている姿を容易に想像することができた。
笹原はクスクスと掠れた笑いをこぼし、人形の背中をそっと撫で上げる。
「昨日学校でずっとそのことばっかり話してたから嫌でも耳に入ってきたよ。昼の2時半からだよね?」
「ふぁ…っあ…!待って…、だめ…っそんなこと…!」
「じゃ、また明日ね。おやすみ」
美園の言う「だめ」なんて、上っ面の常套句でしかないとわかっている笹原は美園の話など聞く耳もたずにプツリと電話を切った。
明日はどこまで苛めよう。
尽きない妄想に胸を燻らせながら笹原は、そして美園も、眠れぬ長い夜を過ごすのであった。
・ ・ ・ ・ ・
「なんか飲み物とか買う?」
「んー、私はいいや」
「キャラメルポップコーン食べたい!奢れ!」
売店へと駆けて行く友達を見送って美園は映画のパンフレットに目を落した。
無理に笑顔をつくろっているものの、パンフレットの中身も友達らの談笑もまるで頭に入って来ない。
とりあえずこれから観る映画はアクションシーンが満載で終始騒がしそうな内容だ。そのことに美園は少しだけ安堵した。
…ちょっとくらい声が漏れても大丈夫かな…。
そう思うと同時に昨日の感覚がよみがえり、下腹部の奥がゾクゾクと震え上がる。
今までよりも一層鮮明になった感触、恥部を襲った激しい振動…。
たった数分間しか与えられなかったにも関わらずそれらの刺激は美園の身体に深く刻み込まれ、何度も何度も蘇っては甘い疼きをもたらした。
…どうしよう、全然体治まんない…。
少しでもこの感覚を落ち着かせようと美園は朝、自らの手で自身を慰めた。
それでも効果はみられず、映画館に到着すると疼きはますます激しくなって美園の心を焦がした。
一体いつまたあの感覚に苛まれるのか。
電話の男はこの館内のどこかで私のことを観察しているのだろうか。
そんな考えに囚われ、頭の中はすでにドロドロに茹だりかけていた。
いるかもわからない男の視線を感じで全身の皮膚がジリジリと痺れて熱を上げていく。
今にもあられもない吐息をこぼしてしまいそうで、美園はキュッときつく唇を結んだ。
「はい、美園ちゃん!」
「ふわっ!? えっ…あっ…?」
突然、快活な男の声が耳を打ち、思わずビクンッと肩を跳ね上がらせる美園。
慌てて声のした方を向くと爽やかな笑顔を浮かべた男が美園にドリンクを差し出していた。
「ウーロン茶で良かった?」
「えっ!? うんっ…、ありがとう御座います…!」
わざわざ買ってくれるなんて、と恐縮しながら美園はドリンクを受け取った。
「すげーパンフレットに見入ってたね。ビックリした声可愛かったー」
初対面の男にからかわれてもどう反応したらいいかわからず、美園は曖昧な笑みを返すことしかできなかった。
今日集まったのは美園を含めて女が3人、男も3人。
友達の1人が男と中学の頃からの同級生で仲が良く、それぞれ友達を誘って会おうという話になったのだ。
『3人とも結構イケメンだよ!』なんて友達ははしゃいでいたが、美園は異性との出会いなんて興味はなかった。
確かにパッと見ただけでも3人の顔は整っていてスタイルにも恵まれている。
…でもただそれだけ。
どんなに見た目が良くても美園の心を震わせることはない。
こんな彼女をどうしようもなく乱して狂わせるのはただ一つ…、電話の男の存在だ。
いつも口先では『だめ』『やめて』と言っていても腹の底では淫猥なまでに男を求めて未知の刺激を欲していた。
そんな美園の気持ちを手に取るように理解しているのか、男は心行くまで美園を責め立て、そしていつも必ず本当に限界のところで行為を終わらせてくれる。
どうしてわかっちゃうんだろうと美園はいつも不思議で気恥ずかしくて、甘切ない悦びに胸の鼓動を弾ませていた。
この奇妙で非現実的な関係に、美園はいつしか身体も心も溺れてしまっていた。
「んじゃ、そろそろ行こっか」
上映まであと数分となり、ロビーで雑談をしていた美園たちは座席に移動した。
さりげなく一番端を確保した美園は柔らかなシートに体を預けて、「はぁ…っ」と溜めきれなかった熱い息を一つ吐き出す。
胸の高鳴りは最高潮に達していた。
ドクン、ドクン、という忙しない鼓動に体中の神経をざわつかせながら虚ろにスクリーンを見つめる。
…いつくるんだろう…映画が始まってから?
早まる気持ちが身体の芯をジリジリと焦がす。
そんな緊張状態のまま、照明が落ちて館内が暗闇に包まれた。
注意事項が流され一寸の沈黙を置いてようやく本編が始まる。
…しかし、それでも美園の身には何も起こらなかった。
もしかして、からかわれただけのかな…。
開始数分で早くも激しいアクションを繰り広げ始めた主人公たちをぼんやりと眺めながら美園は凝り固まっていた肩の力を抜く。
──とそのとき、壮大な爆破が起こり、ドォンッ!というけたたましい音が館内中に響き渡った。
「……っ!」
ほぼ同時に身体をビクッと震わせて息を呑む美園。
だがそれは突然の爆破シーンに驚いたからではない。
…きた…っ!
足元からゆっくりと這いあがってくる感触に美園はぎゅっと目を閉じた。
たちまち胸が打ち震えて下腹部がじわりじわりと熱を灯していく。
その震えや熱は悦びからなのか、それとも恐れからなのか、美園にはわからない。
自分が今どんな感情にあるのか感得する余裕もないほど、湧き起こった感触は一瞬にして美園の頭の中を真っ白にさらってしまったのだ。
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