▼ 第1話-02
柔らかな雰囲気とは裏腹に、花野さんは昼はお惣菜屋さん、夜はスナックで休みなくずっと働き詰めているらしい。
私はますますお父さんに早く結婚してもらいたいと思った。
お父さんと結婚して、花野さんが少しでも楽になったらいい。
家族が増えたらきっと楽しくなるだろうな。
息子さんはどう思ってるかわからないけど…。
ていうかいきなり中3の弟ができるってかなり複雑だけど…。
でもみんな今よりゼッタイ幸せになれるよ。
「ねぇ、結婚はいつするの?」
帰り際ポツリと尋ねてみると2人は夕日に照らされた顔を更に赤くさせてどぎまぎしていた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
それからというもの私は花野さんと会うたびしつこいぐらい結婚コールを繰り返し続け、
そんな私に押されるようにして、2人は私が高校3年生に進級するのと同じ時期に籍を入れることに踏み切った。
そして花野さんと息子さんのお引っ越し当日。
「柚希たちが高校を卒業してからと考えていたんだけどなぁ…」
そう渋っていたくせに、お父さんはニッコニッコ顔で2人が来るギリギリまで家の中を掃除していた。
──ブロロロ…ッ
「あっ!来た来たっお父さん来たよーっ!」
窓から家の前に軽自動車が止まったのを確認して、私とお父さんは急いで玄関を出た。
期待と緊張で心臓が飛び出しそうなくらい高鳴る。
花野さんとは、お父さんに内緒で会ったのも含めてかれこれ20回以上は会ってきた。
でもいつもいつもタイミングが悪くて、息子さんとは一度も会うことができなかった。
…名前は宗太(そうた)。
花野さんいわく、すっごく親想いでイケメンで成績もよくて、自慢の息子なんだそうな。
実際はどんな人物なのか…私は自分の弟となる男の登場を今か今かと待ちわびた。
──バタン
助手席から、背の高い男性が姿を現す。
175…いやそれ以上はあるだろうか。
顔立ちは小動物系の花野さんそっくりで、すぐにこの人が息子さんなんだとわかった。
でも、ほにゃら〜とした雰囲気はなくキリッとしていて男らしい。
花野さんと同じ栗色の髪は短くカットされていて、なんだかスーツを着せたら若手の営業マンっぽくなりそう。
それぐらい、私なんかよりずっと大人っぽかった。
「今日から宜しくお願いします」
玄関に入ると花野さんと宗太くんは深々と頭を下げた。
私達も「こちらこそ」と言って頭を下げる。
「今更かしこまって、なんか照れるね」
そう言って私と花野さんは笑い合った。
「ほら、宗太っ。柚希ちゃんに初めて会うんだから挨拶しなきゃ!」
花野さんにふられて、宗太くんは私の方を見向いて軽く頭を下げた。
「初めまして、宗太です。宜しくお願いします」
「こちらこそ…!柚希です、宜しく…っ」
慌ててお辞儀する私にニコリと微笑みかける宗太くん。
花野さんの、まるで男性アイドルの話しでもしてるかのような息子自慢を「親バカすぎ〜」とからかっていたけど…これは確かに胸を張って言える『自慢の息子』だ。
…この人が私の弟になるんだ…。
抱いてはいけないときめきを胸の内に押し込めて、今日から私の、そしてみんなの新しい生活がスタートした。
・ ・ ・ ・ ・
2人が来てかれこれ10日。
新生活やら新学期やらで慌ただしく毎日が過ぎ去っていき、ようやくゆったりとした日曜日が訪れた。
のんびり9時半に起きて下に降りると、広いリビングはシンと静まり返っていた。
お母さんは夜の仕事は辞めたけど、お惣菜屋さんは今も続けていて、きっと今日も夕方くらいまでお仕事だ。
お父さんは部活で学校。
…みんな働き者だなぁ〜。
なんてしみじみ感心しながらソファーに寝転ぶと、洗面所の方からグォォンという洗濯機の音が聞こえてきた。
…宗太くんいたんだっ!
「わーっ!洗濯は私がやるよっ!」
慌てて洗面所に駆け込むと、宗太くんは部屋干ししてある私やお母さんの下着類をホイホイとカゴに放り込んでる最中だった。
「ふっ服とかも私が畳むからっ!」
「でも今まで柚希さんがやってたから…」
「いいのっ!洗濯当番は私!」
「…わかった…」
しぶしぶ承諾すると、宗太くんは短くため息をついて頭を掻いた。
「家事とかやってないと、落ち着かないんだよな…」
そのまま部屋に行っちゃうのかと思っていたから、そう呟やかれるはすごく意外だった。
宗太くんは食事や身支度以外はほとんど自分の部屋にいる。
驚くことに高校も一緒だけど一年と三年じゃ会う機会なんてなくて通学時間も別々だから、今までちゃんと話しをしたことがなかった。
私としては、もっとたくさん話して仲良くなりたい。
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