中編 | ナノ


▼ 第4話‐05

「こんな結果になっちゃったけど、カズヤにはちゃんと、こういうことは出来ないって言ったの。ずっと嫌だったってはっきり伝えたの」

夏見の顔が見たくて、無意識に足が一歩前に出る。

でもやっぱりそばにまで行くのは怖かった。

もっと夏見の気持ちが知りたいのにわからない。

もどかしい距離感に私は唇を噛み締める。

「…私、馬鹿な女から卒業できたかなっ…?」

「…うん」

「ほんとっ?」

あっさりと認めてもらえたことに胸が弾み、私はもう一歩距離を詰める。

「じゃあっ、あのっ…」

弱気な心を奮い立たせて声を強める。

相手の反応をビクビクしながらうかがってばかりいた自分を変えるんだ。

怖がらずに気持ちを真っ直ぐに伝えるんだ。

大切な人に、自分のことをちゃんと見てもらえるように。


「また…っ、友達になってくれる…?」

意を決して私はその言葉を吐き出した。

“拒絶されたらどうしよう”という不安が瞬く間に溢れて胸を締め付ける。

夏見は窓を向いたまま何も答えてくれない。

耐えがたい沈黙がますます身体を圧迫して、呼吸が苦しくなっていく。

「……っ」

掛け時計と自分の心音だけが響く静寂の中、夏見が私の方へと向き直った。

そして、一言も発しないまま一直線にこちらへと歩み寄ってくる。

相変わらず夏見の表情から感情を読み取ることはできない。

何を考えているのかさっぱりわからない彼が徐々に近づいてくることに軽く恐怖も感じた。

ただならぬ緊張感に足元がかすかに震えてしまう。

私の目の前までくると、夏見はピタリと立ち止まった。

「…っあの…」

張りつめた空気に耐え切れず、何の考えもなしに私は口を開く。

すると、夏見は何も言わずに唐突に右腕を振り上げた。


──バシッ

「いたぁっ!?」

高く上げられた彼の手は真っ直ぐに私の頭へと落下した。

突然の打撃に私は思わずへっぴり腰になり、頭を押さえながら目を丸く見開いて夏見を見上げる。

「やっぱり馬鹿だ」

「えぇぇっ!? どうしてっ」

「なんでこのタイミングで“友達”なんだよ」

「えっ、だっ、だめなの…っ?」

「馬鹿」

「いたいっ」

再び頭にチョップを食らい、私は身をかがめる。

…ていうかなんで私叩かれてるのっ…!?

「馬鹿馬鹿言われてもわかんないよ! 何っ?もう友達になんかなりたくないってこと!?」

「そういうことじゃない」

「じゃあ何!?」

「わかるだろ」

理科室のときと同じ言い回しに私は少しカチンときた。

わかんないからこんなに必死こいてもがいてるのに、何その『理解してて当然だろ』みたいな一方的な態度…っ!


「だからわかんないよ、夏見がどう思ってるかなんて! いっつも無口で無表情なんだもん!わかるわけないじゃん!!」

「…っ、好きでもない奴をわざわざ助けたりしない」

「だからなに!?」

「ここまで言ったんだからわかれよっ」

熱の上がった脳内をフル回転させて、夏見の言葉をグルグルと繰り返す。

“好きでもない奴をわざわざ助けたりしない”

逆に考えると、好きだから助ける…?

…イコール、私のことが好き…っ!?


けれど、その答えを導き出しても熱は冷め上がらなかった。

それどころがますます上昇して、沸騰しそうなくらいに頭も身体も焼けついていく。

「わかれよ、じゃないよ! なんで私に答えを求めさせるの!? なんで自分から気持ちを伝えてくれないのっ!?」

「…俺がそういうこと言える人間じゃないって知ってるだろ…っ」

「…し…っ、知るか馬鹿ぁ!!!」

苛立ちがピークを越え、私は怒号を響かせながら夏見の右頬を思いっきりつねり上げた。

間近でよくよく見ると、夏見の顔はつねる前から既に赤くなっていた。

普段は徹底して無表情なぶん、その反応だけで夏見の気持ちは十分すぎるくらいに伝わってきた。

…でも、私の熱は治まってくれない。

もう自分ですら収拾がつかなくなってしまっていた。

「人間性なんか関係ない!そういう大切なことはちゃんと口で伝えるものでしょっ!

それに、夏見だって私がどれだけ馬鹿で惨めで根暗な人間かわかってるでしょ!? はっきり言ってくれなきゃ、わかんないよっ…!!」

最後の方は涙声になりながらも、私は胸の内に溜まっていた熱を一気に吐き出した。

息を切らせながら夏見を睨み上げる。

すると夏見は、ふいと私から顔を反らして視線を俯かせた。


「……す…っ、」

すぐに掻き消えてしまうほどの微かな声が夏見の口から漏れ、私はドクンッと心臓を高鳴らせながら全神経を耳に集中させる。

夏見の顔がどんどん赤くなっていく。

そしてたっぷりの間を使い、夏見は観念したように再び口を開いた。


「…好きです」

「……っ…!」

全身が喜びに打ち震え、様々な感情が大粒の涙となって溢れ出す。

クシャクシャになった顔を両手で覆いながら私は「夏見の馬鹿」と、子供みたいに泣き喚いた。

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