▼ 第4話‐04
軽く息を切らせながら職員室に入ると、先生たちのギョッとした視線が私へと降り注いだ。
腫れ物を扱うような態度をされるだろうとはわかっていたけど、だいぶ居心地が悪い…。
「広瀬っ」
担任の斉藤先生が慌ただしく駆け寄ってきた。
忙しそうにパソコンをいじっていたのに、少し申し訳ない。
「…大丈夫かっ…?」
「はい、私は大丈夫です。…あの、カズヤは…?」
こっぴどく叱られている3人を目にすると思っていたのに、辺りを見回しても生徒の姿は一人も見当たらなかった。
「今は教頭室にいる」
「そうですか…」
「…彼を庇いに来たのか?」
「いえっ、そういうわけではないです…! でも、はっきり断らなかった自分も悪いとは思ってます…」
「いいや、広瀬は何も悪くない。彼らを擁護する必要はない」
カズヤに未練を残していると勘違いされてしまったのか、先生は私を説得しようと口調を強める。
私は慌てて「はい」と答えた。
「あっ、あのっ、本当にカズヤのことで来たわけじゃなくて…っ、えっと…警報機を鳴らした生徒が誰なのか知りたくて…」
「…他生徒の問題はそう安易に教えることはできない」
先生は少し表情を厳しくして答えた。
「そうですか…。私…その人に助けてもらったから、できれば停学とかあんまり厳しい処分はしないであげて欲しいんです…っ」
こんなことを言うのはおこがましいかと思いながらもそう口にすると、先生はふと口元を緩めて笑った。
「大丈夫。警報を鳴らしたあとすぐに自分が故意に鳴らしたと告げに来たから、口頭で注意しただけで済んだよ」
先生の笑みにつられて私も顔をほころばせる。
…良かった。そう心から呟いて、私は先生に一度ペコリとお辞儀をした。
「この度は本当に、お騒がせしてすみません」
すると先生は優しく私の頭を撫でてくれた。
「無理なんてしなくていいから、落ち着くまでゆっくり休むといい。何かあったら先生でも親でも友達でもいいから、溜め込まずに相談しなさい」
その優しさに涙ぐみながら、私は「はい」と声を震わせて、ドアの前でもう一度一礼して職員室をあとにした。
空になっていた頭の中に少しずつ熱が灯っていく。
…哀しみ、恐怖、安著、喜び、解放感…
まだ形の不確かな感情たちが鈍く渦巻いて、とにかく今は無性に胸がソワソワしていた。
鞄を取りに行くため、私は教室へと歩を進める。
廊下はすっかり人気がなくなって薄暗い。
窓から見える夕日もだんだんと夜に呑みこまれつつある。
…学校に遅くまで残ってこんな風に不気味な廊下をそそくさ歩くのもこれで最後になるんだろうなぁ。
そんなことをゆらゆらと考えながら私は教室のドアを開けた。
「……っ!!」
教室に一歩踏み入れたところでビクッと足を止める。
窓際に誰かが一人佇んでいる。
誰もいないだろうと油断していた私は必要以上に驚いて、ドアに手をかけたまま硬直してしまった。
窓の外を眺めていた人影がゆっくりとこちらを振り返る。
「…夏見…っ?」
ほの暗い夕日に包まれたその馴染みのある眠たそうな面持ちに、私はますます困惑しながらも歩を進めてドアを閉める。
…どうして夏見がまだ教室にいるの…?
まさか幻覚?
ジッと目をこらして相手を見つめる。
何を考えているのか全く読めない飄々とした様子はまぎれもなく夏見本人だ。
私の妄想の中の夏見はもうちょっとわかりやすい反応をしてくれる。
「…無事?」
「ほえっ!?」
予期せぬ言葉をかけられ、思わず声が上ずる。
「うっ、うん…!」
なんのことかわからないまま頷いた直後に、カズヤたちに襲われたことを指しているんじゃないかと気が付いた。
そして脳内にビビッと電流が走って、一つの憶測が浮かんできた。
「警報機鳴らしてくれたのって、夏見なのっ…?」
「…さぁ」
夏見は私から視線を外してポツリと答えた。
…絶対に夏見だ…!
根拠はないけれど、私はそう確信した。
夏見が私を助けてくれた…。
込み上がる喜びや心苦しさに泣きそうになりながらも夏見の元へと歩いていく。
そして教室の真ん中辺りまで来て歩みを止める。
夏見の目の前まで行く勇気は出せなかった。
「助けてくれてありがとう…っ。警報が鳴ったあと野竹先生が見回りに来てくれたから、カズヤたちには何もされなかったよ」
「……」
「夏見は…大丈夫? 反省文書かされたりとか、停学になったりとかしない?」
「…別に…。何も」
「そっか、良かった…。でもいっぱい怒られたでしょ? 迷惑かけてごめんなさい…」
「俺が勝手にやっただけだから、謝らなくていい」
夏見らしいぶっきらぼうな優しさが胸に染み込んできて、目の奥が熱くなっていく。
でもいつまでもメソメソなんてしてられない。
強くならなきゃ。
夏見に呆れられないように、認めてもらえるように。
再び窓の方を向いた夏見を、私は数メートル離れた先から真っ直ぐに見つめる。
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