中編 | ナノ


▼ 第4話‐02

「んじゃ、準備室行こーぜ」

「…あのっ、カズヤ…!」

「あ? 何?」

「ごめん、私…っ、もうこういうことは出来ない…!」

「……は?」

カズヤはあからさまに不機嫌そうに眉間にしわを寄せて険しい表情を作る。

…ここで怯んじゃいけない。

カズヤが諦めてくれるまで、ちゃんと自分の気持ちを伝えなきゃ…!

「本当はずっと嫌だったの、こういう所でやるのも、玩具とか縛ったりとかするのもっ…」

「何言ってんの? 今さらそんな面倒くせぇこと言うなよっ」

「はっきり断らなくてごめんなさいっ…でも、もう私は出来な」

「いきなり出来ねーとか言われても、もう先輩も来るから無理だよ」

「…せんぱい…?」

予想外のカズヤの反論に、思考が止まって言葉が途切れてしまう。

“先輩も来る”

カズヤが言ったことをもう一度頭の中で繰り返すと、ザワザワと悪寒が背筋に流れてきた。

「どういうこと…?」

今までにないほどの不安に駆られながら恐る恐る聞き返す。

…いや、もう悠長にカズヤの説明を聞いている場合じゃないのかもしれない。

この状況でまともな話し合いはできない。

とにかく今は、一刻も早くここから逃げるべきだ。


──ガララッ

突然ドアが開き、その乱暴な物音に私はヒッと短い悲鳴を漏らしながら身体をビクつかせた。

目を向けると、柄の悪い二人の男子生徒がニヤニヤと品のない笑みを浮かべながら教室内に入ってきていた。

「あれー? 準備室でヤるんじゃねぇの?」

だらしなくこちらに歩いてきながら、一人が間の抜けた声で問いかける。

「いやぁ、なんかコイツがいきなり無理とか言い出して…」

媚びた愛想笑いを作りながらカズヤはばつが悪そうに頭を掻く。

「はぁーっ? なんでも言うこと聞くんじゃなかったのかよー?」

「すんません、ホントに今になって出来ないって言うんで…」

「…ま、いーんじゃね?」

品定めするような粘着質な視線を私に向けると、男たちはニタリと笑った。

その気味の悪い笑みに私は思わず後ずさる。

「どっちかっつーと、無理やり犯す方が燃えるし」

「……っ!」

その一言を聞き、私は一歩、また一歩と後ずさった。

机にぶつかり、じりじりと横にずれていく。


…ドアまでは結構な距離がある。

どう考えても逃げ道が見つからない。

焦りと恐怖で思考がどんどん白く掻き消されていく。

「いいねぇー、その顔っ! ちょー興奮する」

「こっ、来ないでっ…!」

「その怯えまくった声もいいねーっ」

「でも騒がれたらヤバいから、さっさと口塞いどくか」

もう一人の男が「そうだな」と相づちを打った瞬間、二人が一斉に私に向かって駆け出した。

一息遅れて私も走り始めたときにはすでに二人は私の目の前まできていた。

制服を掴まれ、あらがいようのない力で強引に引っ張られる。

そして視界がグルリと反転し、私は全身を床に打ち付けた。

「ぁ…っ!」

私の上に馬乗りになって、男は私の両手を抑え込む。

“助けて”

力いっぱいそう叫びたいのに、声が出ない。
かすれた空気だけが喉から絞り出される。

「おい、カズヤ。ガムテープかなんか、口塞げそうなもん探せ」

「あっ、はい!」

いやだ。こんな奴らにいいようになんてされたくない。屈したくない。

そう強く反抗心をたぎらせているのに、瞳から降伏を示すかのような涙が流れ出した。

涙の勢いは止まらず、だくだくと溢れて目の前にいる男の下品な笑い顔を歪ませる。

「まだなんもしてねーのに、もう泣いてんの?」

私の涙に良心が痛むなんてことは欠片もないらしい。

それどころかますます熱気立った様子で二人は耳障りな笑い声を上げた。


助けて助けて助けて助けて助けて

思考の止まった脳内でその一言だけが永遠に繰り返される。

「ガムテープありましたー」

「おぅ。ついでに縛れそうなもんも」

男がカズヤからガムテープを受け取る。

意味なんかないとはわかっていても、私は力いっぱい顔を背けた。

“やめて”という懇願さえも声にならない。


…助けて、助けて誰か助けて、助けて…っ!!

私は心の中でそう祈り続けるしかなかった。

ビリッとガムテープの破ける音が鼓膜を揺さぶる。

と、そのとき、ジリリリリリリリッというけたたましい音が更に鼓膜を激震させた。


「なんだこの音っ!?」

「これって、火事のときのアレじゃね?」

空気を切り裂くような激しい音が鳴り止むと、ウーウーというサイレンへと切り替わった。


「「火事です。火事です。二階で火災が発生しました」」

少し機械的な男性の声が教室いっぱいに響き渡る。


「マジかよっ…!?」

…私たちのいるここが当の二階だ。

また新たな恐怖が背筋を急速に凍りつかせていく。

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