▼ 第2話‐04
夏見がもう片方の万華鏡を手に取る。
そっちの方が自信作なだけあって、私はますます期待を寄せて夏見の反応を待った。
「あ、オイルタイプ?」
「うんっ! 理科室にあったグリセリンを拝借したの」
「こっちの方がいい」
「でしょっ? 私もそっちの方が気に入ってるの!」
「うん。ヌルヌル動くのがいい」
「そうそう! ヌルヌル感がいいよね!」
ああっ、夏見さん…! 貴方ほどの理解者は他にはいないよ…!
私は心の中で感涙しながら、ニヤケ面を全開にして万華鏡を回す夏見を見守った。
「俺もオイルにしたい」
「市販のグリセリンじゃ濃度が薄くてそんな風にヌルヌル動かないんだよね。多分、探せばここにも濃いやつがあると思うけど…」
「…それ、そのペースだと日暮れるよ」
「え?」
不意に指摘されたのは私のアクリルカッターの扱い方だった。
何度も鏡にカッターを滑らせているけど、薄い傷がつくばかりで、パキンと鏡を折れるくらいの溝ができる気配はまるで無い。
作業に集中してないせいもあるかもしれないけれど、体育倉庫での疲労がまだまだ残っているのが何よりの原因だった。
「か弱さアピールしてるわけじゃないよっ? ただ、今はちょっと手に力入んなくて…」
「…激しいセックスをしてきたアピールか」
「ちっ…! 違うよ!!」
思わず声を上げると、夏見はククッと笑みをこぼしながら万華鏡を机に置いた。
「反応、わかりやすい」
「…っあ…!」
生意気な笑顔を向けられ、みるみる内に顔が熱くなっていく。
弁解をしようにも、夏見には全てを見抜かれているような気がして、上手い言葉が何一つ思い浮かばない私はただ口をあぐあぐと動かすことしかできなかった。
「下半身ならわかるけど、手にまで力入らなくなるって…。ついに壊れた?」
「こわっ…!? 壊れてないよ!! 言っとくけど、あれ全部本心で言ってたわけじゃないからねっ!?」
「へぇ」
「カズヤが喜ぶから言ってるだけで、声とかも全部演技なんだから! ほんとは全然気持ちよくもないし…っ、あんな馬鹿みたいなセリフ言いたくないもんっ…!」
一気に捲し立てたと同時に、心の奥で張りつめていた糸がプツリと切れるような感覚がした。
ずっと溜め込んでいた想いを人に打ち明けるのは初めてだった。
本人にはもちろん、友達にだってこんな惨めで恥ずかしい話できなかったから。
けれど、そんな重々しい話を聞かされたにも関わらず夏見は素知らぬ顔で私の作った万華鏡をクルクルといじっている。
「私…、馬鹿な女かな…」
「…献身家?」
「…それ褒め言葉?」
「さあ」
馬鹿にするわけでもなければ、とやかく干渉してくるわけでもない。
さらっと受け流すような夏見のその姿勢がとても居心地よかった。
…夏見にならなんだって話せてしまいそうな気がする。
この際だから、もう何もかもをぶちまけてしまいたい。
そしてすっかり歯止めのきかなくなった私は、過去の地味な自分やカズヤとの出会いを独り言のようにつらつらと吐き出していった。
「…本当は、そういうのをヤること自体好きじゃないの。ただ痛いだけ。回数重ねれば良くなるとかいうけど、不感症なのかなって思うくらい何も感じないの。…でも、でもカズヤに嫌われたくないから…っ」
「広瀬」
「…へ…っ?」
──バチンッ!
「ふぎゃっ!!?」
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