▼ 第1話‐03
「…はぁっ」
胸にまとわりつく重たい気持ちを吐き出すために私は大きなため息を一つ吐いた。
行為が終わったあとにこうしてウジウジ思い悩むのは悪いクセだ。
…さて、理科室の掃除点検表にチェックして、鍵を職員室に返して早く帰ろう。
気持ちを切り替え、理科室に繋がっているドアを開ける。
――と、その瞬間、一人の男子生徒とバチンと目が合った。
「……っ!!!」
呼吸が止まって、血流が止まって、心臓が止まる。
理科室の椅子に座っていたその男は、1〜2秒ばかし私を見上げてすぐに顔を伏せ、机の上に広げている何かよくわからない物を弄くり始めた。
ちょっと眠たそうな表情。
けれど男らしい整った顔立ち。
頭の隅にあった記憶がドッと溢れ出す。
…この人っ、同じクラスの夏見(ナツミ)だっ…!!
系統が全然違うからこの2ヶ月間、話すどころか目を合わすことさえなかったけれど、
自己紹介のときに、女の子の名前みたいな名字だなぁと思ったのと隠れイケメンだということでなんとなく記憶に残っていた。
会話をする機会なんて一生訪れないだろうと思ってたけど…まさか、こんな所でこんな形で出くわすことになるなんて…っ!
ていうかいつからいたの!?
貴方様はいつからそこにいらっしゃったのですか!!?
「あ、の…、夏見…だよね?」
「……」
「……」
無視されたーーーっ!
そうだよねー、こんな女と関わり合いたくないですよねーーっ!
いやでも引き下がるわけにはいかない!
もしこの男が私が準備室でナニをしていたか知っていたら…っ、
もし私の「おまんこ壊れちゃうー」を聞いていたら…っ!!
ああああっ!きっと友達とかに言いふらされて私はAV女優のレッテルを貼られてしまうんだ!
クラス中、いや学年中の笑い者にされてしまうんだ!
そんなのいやああああっ!!!
「…いつ、から…そこにいたの…っ?」
「………」
お願いだから相手してーーっ!なんか喋ってーーっ!
…はっ、もしかして作業に集中してるから会話どころじゃないの?
それが終わったら構ってくれるの? くれるのね!?
そもそもこんな所で何してるのっ?
わかるはずもないだろうけど、私は夏見の手元をジックリと観察してみた。
多分この理科室から拝借したとみえる透明のアクリル板らしきものに、定規を使って慎重に寸法を測ってカッターで跡をつけている。
側には一見、鏡と見間違える銀色の細長い板が一つ置かれていた。
…あれはきっと、切ったアクリル板に銀色の粘着テープを貼り付けたものだろう。
…ということは、もしかして
「もしかして、それ…万華鏡作ってるの?」
興奮を抑えて問いかけると、夏見は驚いたように顔を上げた。
「当たり?」
「…うん」
やっぱり…!!
うそっ、まさか理科室の備品をくすねて万華鏡を作る生徒が私以外にもいただなんてっ!
一気にテンションの上がった私は夏見のもとへ駆け寄って、机の上の材料一式を見渡した。
「うわーっ懐かしいー!そうそう、この銀色のテープね!真っ直ぐ貼り付けるのが難しいんだよねーっ!」
「……広瀬も、作ったことあるの?」
「うん、中学生のときに同じく学校のものをこっそり盗んでね。こう見えて物作りとか大好きだから」
「へぇ…。意外」
…私にとっては夏見が私の名前を覚えててくれてたことの方が意外です。
「…あっ!そうだ!準備室の方に万華鏡に使えそうな鏡の板っぽいのがあったよ!」
「え」
私がそう切り出すと夏見はすかさず立ち上がった。
そうだよねそうだよね、あり合わせの鏡より本物を使いたいよね。興奮しちゃうよね。
同じ喜びを分かち合えることに一人で感動を覚えながら私は意気揚々に夏見を連れて準備室に戻った。
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