中編 | ナノ


▼ 第3話‐03

「何言ってんだよ…お前、俺に今まで何されてきたか忘れたのか?」

「忘れるわけないでしょ。でも、今宗太の話を聞いてそう思ったの。宗太は凄くいい子なんだなぁって」

「なんだよそれっ…本当に馬鹿なんだなお前って」

「馬鹿だよ。でも宗太の方が私より何倍も馬鹿だよ。子供なんだから素直にワガママ言えばいいのに、我慢して、我慢しすぎて変な方向に屈折しちゃってさ」

悪態つきながらグシャグシャと彼の頭を撫でる。

抵抗する様子はないけれど、彼は今どう思っているんだろう?

私の言葉はちゃんと彼に届いているだろうか。

もっと心を開いて欲しい。
満たしてあげたい。

今まで抑えてきた感情を全部私にぶつけたって構わないから。


「…もう独りで塞ぎ込まないで。もう無理しなくていいから。今まで我慢してきたぶん、私にワガママ言っていいから」

「…っなんで、そんなこと言えるんだよ…! なんで…っ」

「なんでだろうね。自分でもよくわからない。…ただ、放っておけなくなったの。不器用なくせに意地っ張りで、馬鹿で捻くれててワガママで…でも、本当は凄く凄く弱くて寂しがりな宗太のことが」

思いの丈を言い切ってやると、少しの間の後、彼の背中が小さく震え始めた。

「…もう。また笑ってるの? どうせ馬鹿ですよ、私は」

さて、今度はどんな罵声を浴びせられることやら。と、投げやりになって彼の頭をワシワシと掻き回す。

…けど、そのとき、雨の音に混じってグスッと鼻をすするような音が私の耳に確かに届いた。


「宗太…?」

…本当に、泣いてるの…?

恐る恐る彼の頬に手を添えると、雨とは違う温かな水滴が指を伝った。

「……っ」

言葉がうまく出せない。
お腹の底から肺へと一気に込み上がる熱い衝動に思考も呼吸さえも止まる。

胸の奥で震える熱情に突き動かされるがままに私は彼をキツく抱き締めた。


「よしよし」
そう言って髪を撫でると、彼の腕が私の背中へと回り、服をギュッと掴んだ。

今まで張り詰めていた緊張が解けて、熱情が瞬く間に体中を満たしていく。

「…っ、ごめん…ごめんなさい…!」

「もう誰も怒ってないよ。大丈夫だよ」

彼の心からの謝罪に、私はそう囁いた。

無理やり押し殺しているような泣き声が、胸元に落ちる熱い涙が、彼の全てが愛おしくてしょうがない。

「大丈夫。大丈夫だから」

なだめるように発したはずの声は弱々しく震えていた。

気がつくと私の目からも涙がこぼれていた。

長い苦しみや葛藤や、それから解放された安堵感や、彼に抱く色んな想いが洪水のように溢れかえって涙へと昇華されていく。

乱れ混じる様々な感情を全て吐き出すように、私と宗太は抱き合いながら雨に隠れて小さく小さく泣き続けた。


・ ・ ・ ・ ・


…家を出てからどのくらいの時間が経っただろう。

絶えず雨に打たれている体はすっかり冷え切って、手足の先がジンジンと痺れる。

「…もう帰ろ? 2人が心配してるよ」

落ち着いたのを見計らってそう切り出すと、宗太は僅かにコクリと頷いた。

…けど、

「や… あの、たっ 立てないんだけど」

背中に回された手が私を頑なに拘束して離さない。

何かまだ吐き出しきれないないことでもあるのかと、困惑気味に「どうしたの?」と問いかけてみる。

「……」

「帰りたくないの?」

「……」

「大丈夫だって、2人とも宗太を責めたりなんかしないから! ね、行こ?」

「…嫌だ」

「…へっ?」

「このままがいい」

「…はいっ!?」

…え?

えっ? どういうこと?

このままがいいって何!?

ずっと雨の中にいたいってこと!?

「何言ってるの…っ! このままじゃ風邪ひいちゃうよ!」

「別にいい」

「よくない! もうっふざけてるの!?」

無理やり引き剥がそうとすると、途端に彼の腕の力が強まった。

まるで母親にダダをこねてる子供みたいだ。

…ていうか、これってもしかして甘えられてる…とか?

「…離れたくないの?」

「……」

何も答えが返ってこないけれど、きっとそういうことなんだろうと私は勝手に解釈した。

「ずっとこうしてるわけにもいかないでしょ。帰ったらまた撫でなでしてあげるから」

諭すように言うと、苦しいくらいに私を抱き留めていた腕の力がスルリと解けた。

…最後の一言、冗談で言ったつもりだったんだけど…まさか本気で捉えられてはいないよね?


「よしよし、いい子だね」

彼の心境を確かめる為にも、からかうつもりで頭を撫で回してみると、阻止するように素早く手を掴まれた。

「やめろ。…また抱きつきたくなる」

「……っ」

顔を背けて宗太はそう呟いた。

どうやら彼は本気で私に甘えてるらしい。


「…行かねーのか?」

「えっ…うわ!」

態度の変わり様に理解が追いつかず、無意識にさっきまでのことを早送りで振り返っていると、掴まれたままだった手を引っ張られ、私は彼にもたれ掛かるようにして立ち上がった。

慌てて一歩後ずさったけれど、繋がれた手は解こうと軽く捻っても固く固定されて離れない。

どうしたらいいのかわからずぎこちなく立ち尽くす私の手を引き、宗太は公園の出口へと歩き始めた。

雨に体温をほとんど奪われてしまったはずなのに、繋いだ手は血が沸騰するんじゃないかってくらい熱い。

結構遠くまできたはずなのに、頭の中が真っ白になって動揺しきってるせいかあっという間に家の前までたどり着いてしまった。


──ガチャッ

ドアを開けると、忙しない足音と共にお父さんとお母さんが駆けつけてきた。

「ひやあぁっ! 2人ともビッシャビシャじゃない!」

私たちの姿を見るなりお母さんが悲鳴のような奇声のような声を上げた。


「ごめんなさい」

騒々しい空気を打ち沈めるかのように、はっきりとした声色で宗太がそう一言吐いて深く頭を下げた。

…その言葉にはきっと、色んな想いが詰められているのだろう。

『よく言えたね』と心の中で彼に微笑みかけて、私も彼の隣りで「ご心配おかけしました」と言って2人に向かって頭を下げた。

「全然怒ってなんかないからっ2人とも顔を上げて! 今体拭くもの持ってくるから! ねっ、タオルッタオルでいいわよね!?」

「あっ、ああ」

慌しく掛け合いをしながらお父さんとお母さんは再びリビングの方へと戻って行った。

私たちを咎める様子なんて微塵もないいつも通りの2人の振る舞いや、外とは打って変わって温かい室内の雰囲気に一気に肩の力が抜けていく。


「…寒くない? 大丈夫?」

「寒い」

「……っ!!」

気を緩めたのも束の間、「別に」と素っ気無く返されるかと思っていたのに突然彼に抱き付かれて私はまたしても体中の神経を引き攣らせた。

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