▼ 第2話‐01
あの日から1ヶ月が経った。
長い長い地獄のような1ヶ月。
あれから私は彼に3度犯された。
お父さんには何も言っていない。
でも花野さんのことを露骨に避けているから、何かあったんじゃないかとお父さんは勘ぐっている。
「お母さんと喧嘩でもしたのか?」
数日前、不意にそう聞かれたけれど、私は「別に」とだけ答えた。
私のせいで家の中は重くぎこちない空気になっていった。
ゆっくりと壊れていく家庭。
…これが、彼の望んだことなんだろうか…。
・ ・ ・ ・ ・
「おはよー柚希!」
「…おはよー」
「あれ?どしたの?具合悪いの?」
「んー…ちょっとダルいかも。でも大丈夫」
心配してくれた友達に無理につくろった笑顔を返す。
…昨日も夜中まで彼に弄ばれて、股の奥がジンジンと痛んで体が重い。
この生活はいつまで続くんだろう。
…就職して家を出たら、解放される…?
でも卒業まではまだ何ヶ月も先だ。
昼休みになってもそんなことばかり考えてろくに食欲が出ない私は、友達に保健室に行くと告げてフラフラと教室を出た。
廊下は行き交う生徒や教室から漏れる声でざわめき合っていた。
…もっと静かな所に行きたい…。
ふと、窓から吹いた風に髪がなびかれる。
朝方降っていた雨で空気は重くよどんでいた。
けれどその憂鬱な湿っぽさが逆に今の私には心地よかった。
…校庭の紫陽花でも見に行こうかな。
そう思い立って、私は生徒玄関へと歩を進めた。
・ ・ ・ ・ ・
「あっ」
外に出て雨の匂いに満ちた空気を深く吸い込んでいると、校門の前によく知る人影があるのに気付いた。
…お父さんと花野さんだ。
お父さんの手には大きなお弁当箱が大事そうに抱えられていた。
きっと、忘れたお弁当を花野さんが届けに来てくれたんだ。
そういえば花野さん今日仕事休みなんだったっけ…。
楽しそうに談笑している2人はどう見ても仲のいい夫婦だ。
誰もあの人の本性に気付くことはないだろう。
お父さんも、これから先もずっと知らないままなのかな…。
その方が、きっと幸せだよね…。
「…はぁ…」
…さて、2人に気づかれない内に早く校庭に行こう…。
「──…っ?」
校庭の方へ足先を向けたそのとき、背後からただならぬ気配を感じて私はとっさに振り返った。
「…ぁ…っ」
一階の一年生の教室の窓。
そこから彼が、無表情に2人を見つめていた。
「……っ!」
氷のように冷たい瞳が私へと向けられる。
そして彼はポケットから携帯を取り出して何か操作をし始めた。
──ブブブブッ
逃げるように玄関に駆け込むと、同時に私の携帯が不気味な振動音を響かせた。
『天文部の部室に来い』
彼から送られてきたメールにはその一言だけが綴られていた。
…天文部…?
そんな部活あることすら知らなかった…。
なんでそんな所に…?
深い意図まではわからないけれど、これからまた犯されるってことだけはわかる。
彼が私を犯すときはたいてい2人が凄く仲良そうにしてた後だから。
でもまさか学校でまでやるなんて…。
つい昨日のことを思い出して脚が震える。
…でも彼に逆らう勇気は私にはない。
私は重い足取りで、玄関の壁にあった校内の地図を頼りに天文部へ向かった。
三階の廊下の突き当たりにひっそりと佇む薄汚れたドア。
天文部と書かれたプレートには下品な落書きの跡が残っている。
恐る恐るドアを開けて中に入ると、椅子に座っていた彼がゆっくりと立ち上がった。
「……っ」
こちらに近づいてくる彼から壁伝いに逃げて部屋の奥に行く。
…天文部なんていうから、プラネタリウムみたいな幻想的な場所をイメージしていたけど、部室の中は外みたいに空気がよどんでいて、片隅にある望遠鏡はホコリまみれで使われているようには見えない。
…なんか…不気味な場所。
──ガチャッ
「……!」
ドアの方から不意に聞こえてきた金属音に、部室の雰囲気に気を取られていた私はビクリと肩を震わせた。
見ると、彼がドアの鍵の部分に手をかけていた。
…鍵をかけたの…っ?
「…お前さぁ、なんでまだ何も話してねーの?」
張り詰めた緊張の中、苛立ちを露わにした目を私に向けた彼がそう切り出してきた。
「え…っ?」
「父親に。なんで離婚のこととか持ちかけないんだよ」
「…それは…」
お父さんの悲しむ顔を見たくないから。
あなたの思い通りにさせたくないから。
…まだ、あなたのことを不幸にしたくないって気持ちが胸の奥に引っかかっているから。
全て本心だけど、素直に言ったらきっと彼は逆上するだろう。
この明らかに不利な状況でそれを口にすることはとてもできなかった。
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