▼ 媚薬‐03
──ガチャッ
「……!」
願いが届いたのか、玄関のドアの音が光のぼやける頭の中を揺さぶった。
「たっだいまー! ヒメちゃん、すごいよコレ! 頭も体も洗えちゃうシャンプーだって!」
「おまっ……!」
よりによってなんでそんなものをチョイスするんだよ。
そう悪態づきたかったが声を張り上げるほどの余裕は光には残っていなかった。
「さらに! リンスはなんとバナナの香り!! これ僕も使っていいっ?」
「あとで、ぶん殴る……っ! それよりあんた、今の私見て、なんとも思わないわけっ?」
「お辛そうですね」
「だったらっ、もっと心配したり……っなんとかしなさいよ!」
コイツのことだから、どう見ても具合の悪そうな自分を見たら「ヒメちゃんヒメちゃん」と馬鹿みたいに慌てふためいてなんとか処置をしてくれるだろう。
そう思っていたのに、男は驚いた様子も見せずに落ち着き払っていた。
「体はどんな感じですか?」
「すごく熱くて、フラフラする……っ」
「他には?」
「心臓も、すごいドキドキいってる」
「他には?」
「……っ、とにかく辛いの!」
「自分の体をめちゃくちゃに弄り倒されたくならないですか?」
「はっ!?」
いじくり……? 何言ってんのコイツ!?
異常な発熱と戦いながらも光は男を睨み上げる。
すると男は買ってきたものを床に置いて光の頭に手を伸ばした。
「ずっと気になってたんですけど、髪に枯葉ついてますよ」
「んゃッ!」
男の指先が頭に触れた瞬間、電流のような感覚が体中に走り、光はビクッと身を震わせて思わず後ずさりした。
「ちゃんと効果は出てるみたいですね」
そんな光の姿を見て男は口角を釣り上げて不気味に笑う。
「なんなのっ……!?」
「ヒメちゃんの体が熱くなってる原因はこれです」
そう言って男はポケットから小瓶を取り出した。
中には毒々しい緑色をした液体が入っている。
「なっ……に、それ?」
「媚薬って知ってますか? 強制的に性欲を高める薬です。 実はこれをですね、さっきのラーメンに盛らせて頂きました!」
……びやくっ? 強制的に性欲を、って……? 本当に何言ってんの、この男!?
頭の中で復唱しても男の発言を呑み込めず、光は怪訝な表情を浮かべる。
男は一層笑みを深めて床に勢いよく手をつき光に詰め寄った。
「しかもただの媚薬ではなく、僕が調合したオリジナルの薬なんですよっ。どうですか? 市販のよりずっと効きますよねっ?」
「やっ……! 近寄るなっ!」
さっきの感覚がよみがえり、体を触られまいと光はとっさに男と距離をとる。
──コイツは危険だ。
怠けきっていた本能も今回ばかりは非常事態であることを察知して警報を上げた。
だが、それに気づくのはあまりにも遅すぎた。
今すぐ逃げなきゃ。そう思っても薬の効能に蝕まれた体は思うように動かない。
「僕から逃げる理性は残ってるんですね」
「くっ、来んな! 来たら蹴り飛ばす!」
「この足で?」
「ひぁあっ!」
男が素早く身を乗り出して光の片足を掴む。
すると足先から体の中枢へと激しい痺れが突き抜け、光は甲高い悲鳴を上げて背筋を強張らせた。
「とても蹴れる状態じゃなさそうですが?」
「や、ぁ、あっ! 触っ……な、ぁあッ!」
足の甲を行き交い、くるぶしを円を描くようにたどっていく指先。
たった一本の指に足をくすぐられているだけなのに、ゾクゾクとした甘痒い感覚が何度も全身に駆けて行く。
光はなんとか男を振り払おうと悶えるが、弱々しく痙攣するばかりで全く抵抗にならない。
その様子を楽しそうに眺めながら、男は指を足首から膝まで一気に滑らせた。
「いやぁあっ!」
「嫌、ですか? このままもっと指を進めたら、ヒメちゃんのあられもない所に到達しちゃいますもんねぇ」
「やだっ、いや……っ!」
「でも本当は、触って欲しいですよね?」
「馬鹿じゃないの……っ!? そんなわけ、ないでしょっ……!」
光は瞳に殺意を込めて男を睨みつける。
だがそれはただの強がりでしかなかった。
心とは裏腹に身体は今すぐこの疼きをどうにかして欲しいと、狂おしいほどの情欲を煮やしていた。
欲火は体の中心を焦がし、さらに下半身までその熱を広げ、脳内までもを呑み込もうと激しく燃え盛る。
そんな欲望の攻撃から、光の中に唯一残された無駄に頑固なプライドが必死に理性を守り続けていた。
「ヒメちゃんは本当に気が強いですね。かなり強力な催淫効果があるはずなんですが」
「きゃっ……!!」
男はおもむろに光の肩を掴むと、そのまま強引に床へと押し倒した。
突然の衝撃に思わず身を縮こまらせてしまったが、光はすぐに気丈な表情をつくろって自分の上に馬乗りになった男を真っ直ぐ見据える。
「どいてよっ……! これ以上何かしたら、警察につき出すからっ!」
上気した顔ではあるが、今にも噛み付きそうな見幕だ。
だが男は分厚い眼鏡の奥の目を歪めて嬉しそうに笑う。
「僕はヒメちゃんのそういう気が強くて高慢なところに惹かれたんですよ」
「んぁっ! やっ、やめ……っく、ぅぅぅ!」
男の指が鎖骨へと降り、首筋を上って耳を撫でる。
再び体中に甘美なざわめきが走り、光は唇を噛み締めて身をよじらせた。
「リアクションと声がこんなに可愛いのは意外でした。ますます虜になってしまいそうです」
「ぅ、るさいっ! 触るなっ……!」
「嫌です。触りまくります」
「んっ!」
耳を撫でていた指が今度は片胸の登頂をトン、と悪戯に軽く叩く。
突然の刺激に光は小さく体を跳ね上がらせた。
けれど男はその反応にふと違和感を覚えて首をかしげる。
「反応が薄いですね?」
「いやっ……!!」
その疑問をつきとめるべく、男は光の服を捲し上げた。
とっさに光は両手で覆い隠すが、その手を難なく除けて男はブラを凝視し、感触を確認する。
胸の柔らかさを全く感じられない不自然な弾力。
そのブラジャーには光の胸を押し潰すほどの大量のパッドが詰まれていた。
「うゎお! 綿がパンパン! 詐欺はダメだよヒメちゃん!」
「うっ、うっさい! お前に言われたくないっ!」
コンプレックスである胸の偽装を暴かれ、気丈に保ち続けていたプライドまでもを打ち砕かれそうになる光。
気が弱った隙をついて、欲情が理性を奪い尽くそうと一層荒々しく熱を上げる。
それに追い打ちをかけるようにして男はブラのフロントホックに手をかけた。
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