お薬の時間です | ナノ


▼ こんな所で‐03

わめいている楓を置き去りにして光は何を買うかも決めないまま適当に百貨店へと入って行った。

……うーん。まずはやっぱり服かな……。

と考えながらも出入り口のすぐそばにあった靴屋でブーツを物色する光。

そして数分後、楓が息を切らせながら店内へと駆け込んできた。

「はぁはぁ……っ、あの、一応、ベッドやタンスなんかはもう発注してありますので……っ」

「あ、そう。ていうかキモいから離れて。半径10メートル以内に近づかないで」

「えええっ! 10メートルって、結構遠くないですか……っ?」

「いいからさっさと離れて」

楓は光に言われた通りに渋々距離をとって遠巻きに商品を散策する光を眺める。

が、少しして何か気づいたように神妙な表情を浮かべると楓は再び光の元へと歩み寄った。

「……あの、はぁはぁ言いながら遠くから眺めてたらなんかストーカーみたいじゃないですか?」

「あんたなんてストーカーみたいなもんでしょ」

「酷い! 僕はストーカーじゃないですよっ!」

「あーっうるさい! ストーカーはストーカーらしくはぁはぁ言いながら眺めて、通報されて警察のやっかいになってなさいよ!」

そんな言い争いをいながらもなんとか買い物は進み……

ストーカーから荷物持ち係へと昇格した楓の手には次々と大きな買い物袋が追加されていった。

「重いよーもう持てないよーまだ何か買うんですかー?」

「ドライヤー買い忘れたのっ!」

「髪なんて自然乾燥でいいじゃないですかー」

「張っ倒すぞ!!」

「だめですー。今倒されたら立ち上がれなくなっちゃいますー」

そして最後の買い物を済ませ、思いつく限りの必需品は全て揃えられた光は、両手いっぱいの荷物に翻弄されている楓を置いて満足げに店を出た。

空は藍色に染まり、夕時から夜へと移り変わろうとしている。

一段と冷たくなった風に吹かれ、寒さに身を縮こまらせながら光はやっと店から出てきた楓を睨みつけた。

「遅いっ!」

「しょうがないじゃないですかー。どれか持って下さいよぅ」

「……はい」

「ああっ!それ一番軽いやつっ! ……はぁ、とりあえず腕がもう限界なので早くバス停に行って休みましょう」

「はぁ!? 帰りもバスなのっ?」

「はい。タクシーを使いたいところですが、お金がもうないので」

「あ゛ぁっ」

光の口から驚愕や落胆の混じった声が漏れる。

……タクシー代のことなんてなんも考えてなかったっ……!

「なっ、なんで買い物してるときにそれを言わなかったのよ馬鹿!」

「えぇーっ!僕が悪いんですかっ?」

「そうよ!タクシー代残しといてって言われてたら私だってちゃんと考えて物買ってたのに!このクズ!」

「確かに僕は基本的にクズですけど、今はクズって言われるほどクズじゃないと思います!」

「クズだからクズって言ってんのよクズ!!」

……と、ここで揉めていてもしょうがない。

こんなことをしてる間にバスが行ってしまったら大変だと我に返り、光はなんとか暴言を呑み込んでバス停へと急いだ。

「……はぁはぁ……えーっと、バスが来るまであと5分くらいですね……」

時刻表を確認し、楓はベンチにガクリと座り込む。

すでに腰かけていた光は呼吸の荒い楓を避けるようにしてベンチの隅へと移動した。

……あと5分もこんな寒いところにいなくちゃなんないの?

「はぁーあ……っ」

吐いた溜め息は白く、それを見ただけで体感温度がまた一段と下がってしまう。

ああもうっ、さっさと来なさいよっ! こっちは寒いし疲れてるし眠いしお腹空いてるんだから!

そんな気を立たせる光を嘲笑うかのように冷たい風が、ビュウッと光の髪を吹き上げた。

身体の芯まで冷やさんばかりのその冷気に全身がゾクゾクと震え上がる。

「……ぅ……っ!」

絶えることなく体中を駆け抜けていく激しい悪寒。

突風はとうに過ぎ去ったというのに。それほどまでに身体が冷え切ってしまったのだろうか。

……違う。寒さのせいじゃない……っ、この感じは……

「どうしました?」

異変に気づき、楓が声をかける。

その声に胸の奥が狂おしく締め付けられ、光は思わず胸を押さえ込んだ。

「……あぁ、もしかして発作ですか?」

「ッあ!」

光の様子を理解した楓は光に身を寄せ、震える手にそっと自らの手を重ねた。

手から伝わる楓の体温が甘痒い疼きとなって腕から全身へと広がっていく。

「口から摂取しただけじゃ持続性があまりないみたいですね」

「あんたっ……、こうなるってこと、わかってたでしょっ……?」

「……それは秘密です」

「っ、内臓溶けて苦しみながら死ねばいい」

「もー、すぐそうやって物騒なこと言うの、やめた方がいいですよ?」

「あんたがムカつくことばっかりするから……っあ! ぁ……っ!」

手を強く握られ、疼きが鮮明な快感に変わって体を駆け巡り、光は堪らず甘い悲鳴を漏らして身を強張らせた。

「声、大きいですよ」

「……っふ……!」

楽しそうな楓の囁き声に鼓膜を揺さぶられ、胸の内を熱く溶かされていく。

こうなってしまったらもう楓に逆らうことはできない。

そのことはもう嫌というほど身に染みてわかっていた。

屈辱と悦楽の織り成す淫靡な世界に光はゆっくりと、そして確実に呑み込まれていく。

「あ、バス来ました」

そう言うと楓は荷物を持ち直すため光の手を手放した。

温もりを失った手にひやりと夜風が通り過ぎる。

途端に襲い来る激しい孤独感。

その苦しみは昨夜よりも強くなっているようだった。

「さ、乗りましょう」

「……っ」

なりふり構わず楓に抱きついてしまいたいという衝動を抑えながら光はなんとか立ち上がってバスに乗り込んだ。

楓が大量の荷物をドアにぶつけながら後に続く。

行きと同じ、最後列の座席に光は崩れるように腰を下ろした。

「隣り、座ってもいいですか?」

「……好きにすればっ」

もちろん隣りに座ってもらわなくては困る。けれどそれを素直に口にできないのが光の心底面倒臭い性だ。

そんな光の性格を十分に理解している楓は、プイとそっぽを向いたその予想通りの反応に思わず笑みを漏らしながら光に寄り添った。

2人のあとから4人の客が乗り込みドアが閉まる。

既に乗っていた乗客は3人。

左側の一番後ろにいる光たちからもっとも近いのは、一つ手前の右列の席に座ってる青年だ。

音楽を聴いているのか、耳から白いコードが伸びているのが見える。

次に近いのは同じ列の二つ手前にいるカップル。そちらは何か楽しそうに談笑をしている。

真ん前や隣りに誰もいなくて良かったと光はホッとした。

「呼吸が苦しそうですね」

「……っ!」

光にだけ届くくらいのトーンで囁かれると共に再び手を柔らかく握られ、顔を背けていた光は不意の刺激に大きく体を跳ね上がらせた。

「そんな大げさにリアクションしてたら気づかれちゃいますよ?」

あんたがいきなり触ってくるからでしょっ!

そう言い返してやりたがったが口を開くとよからぬ声が漏れてしまいそうで、光は不本意ながら手の甲で口を塞いで顔を伏せた。

「手を繋いでるだけで足りますか?」

外にいるときよりも楓の声は一層クリアに鼓膜を震わせ、体内を掻き乱す。
みるみるうちに心音が加速して体中を熱くさせていく。

……全然足りない。足りない、こんなんじゃ余計苦しい。もっともっともっと欲しいっ……!

疼きに促されるがまま、光は楓の手をキツく握り返した。

「こんな厄介な体質にしてしまってごめんなさい」

謝罪の言葉とは裏腹な楽しげな声で光の頭の中をくすぐりながら、楓は震える光の手に緩く爪を立てる。

そして、ピクンッと反応して力の抜けた手からそっとすり抜けて手の甲に指先を滑らせていく。

次から次へと電流のような快感に襲われ、光は今にも漏れ出しそうになる声を必死に抑え込む。

「今後こういうことにならないように、精液を錠剤にして持ち歩くようにした方がいいですね」

「……っ、そんな、気色悪い物いらないっ……!」

「ん? じゃあこんな風に出先でイジイジされちゃうのも悪くないってことですか?」

「ちがっ……!」

光の手を弄んでいた楓の手が太ももへと移動し、光は一気に緊張を高めて身体を強張らせた。

「手、冷たくないですか? 大丈夫?」

確かに興奮して熱をもった太ももに対して楓の指はヒヤリと冷え切っていた。

しかしその冷たさが逆に心地よい刺激となり、普通に触られたときとは違う独特な疼きを生み出していく。

「……声、頑張って我慢して下さいね?」

「──っ!!」

挑発的な囁きに息を呑んだとたん、太ももの奥の秘部をグッと指先で押され、たちまち弾けた快感に光はたまらず楓の手を太ももで挟んで制止させた。

「これじゃ動かせないですよ」

「だ、だって……っ」

「脚開いて」

「……っや……」

「もう触って欲しくないんですか?」

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