▼ 白濁液は蜜の味‐03
「やっ……あッあぁああ!」
ますます激しく卑猥になっていく水音に比例して、荒々しい快感が幾度も跳ね上がり、体内を打ち震わせる。
拒絶しようのないその刺激に光はただただ体中を痙攣させて鳴き喚くしかなかった。
「俺の精液をもらわないとヒメちゃんの体はずーっとこんな状態のまま、最悪死に至るかもしれないからね? 観念して素直になりなよ」
ほぼ脅しともいえるその言葉に揺さぶられる恐怖心。
どんなにもがいても抗うことの出来ない薬の効力。
意識をさらわれそうになるほどの恐悦……。
それらの脅威に光の心は完全に打ち砕かれようとしていた。
「もう一度聞くよ。……ヒメちゃんは、今すぐに俺の精液が欲しいんだよね?」
「──っ……!」
その瞬間、光の中でパキンと何かが壊れる音がした。
そして光は一度唇を噛み締めて息を呑み込み、ゆっくりと口を開いた。
「……欲、しぃ……っ」
「やだ。あげない!」
「……はっ!?」
崩されたはずの理性が、楓の予想外の答えによって再び形を取り戻す。
……こいつ、今なんて言ったっ!?
信じられない言葉に光は唖然として、乱れた呼吸さえも止まってしまうほどに固まり尽くす。
そんな光を手放して立ち上がると、楓はテーブルの方へと歩いて行った。
せっかく屈服しかけた心も、散々弄ばれた身体も、何もかも中途半端なまま置き去りにされ、光は口をポカンと開けて困惑するしかない。
快楽を失い、だんだんと色濃くなっていく理性。
次第に脳内もクリアになり、楓への怒りの心が再燃し始める。
この私に「欲しい」なんて言わせといて、「あげない」ってどういうこと!?
どんだけ私を振り回しまくったら気が済むわけこのクソ野郎はっ!
二の腕噛まれたあと、私がピッチャーの水と氷入れの中の氷全部ぶっかけて脇腹を思いっきり蹴とばしたことそんなに根に持ってんの!?
やはりこいつの顔面を殴らないと気が済まないと、光は立ち上がった。
しかし、テーブルに座った楓に包丁の切っ先を突きつけられ反射的に身をすくめてしまう。
「な、によ……っ? 人に向けちゃ危ないって言ったくせに、あんただってっ……」
「ヒメちゃん。この包丁、どうやって買ったの?」
「どうやってって……?」
「その服や身に着けてるものも全部。公園で野垂れ死にそうになるくらいお金がなかったのに、よくそんなに買えたね?」
予期せぬ尋問に光は言葉を詰まらせた。
『慰謝料としてあんたのはした金をもらっただけよ』
いつもの光であれば、悪びれることもなくそう偉そうに言い返していただろう。
しかし楓を前にすると、まるで親に叱られている子供のように心も体も萎縮してしまい、言い返すどころか視線を合わせることすらできなかった。
私が悪いことをしたからこの男は怒ってる。
そう思うだけで、とんでもない罪を犯してしまったような気持ちに襲われ、背筋に凍りつくような悪寒が走り抜けていく。
「俺の財布から盗ったんだよね?」
核心を突かれ、体中の神経を張り詰めさせる光。
そしてもう何も言い逃れはできないと観念して、こくりと小さく頷いた。
「はぁ……。ヒメちゃんがまさか泥棒をするなんてっ。ショックが大きすぎておチンコさんもしょんぼりだよ」
わざとらくため息を吐く楓だが、その声色は明らかに今のこの状況を楽しんでいるようだった。
「てなわけで、そんな悪い子に俺の精子はあげられません」
それを聞いた瞬間、光の心が底知れぬ絶望感に覆い尽くされた。
堪らず光は顔を上げて懇願を訴えるような表情を楓に向ける。
楓はそんな光を、悪辣な微笑みを浮かべて見つめ返す。
「どうしても欲しい?」
「……っ」
恐怖、渇望、悦楽……
様々な感情によって支配された光は、楓の問いかけに迷うことなく大きく首を縦に振って応えた。
「じゃあ、こっち来て」
言われるがまま楓の目の前へと歩み寄る光。
すっかり従順になった光を満足げに見上げると、楓はニッコリと笑って言った。
「舐めて」
「……は……っ?」
「俺の傷ついた心とチンコをヒメちゃんのお口で癒して下さい」
楓が何を望んでいるのかは言われずとも理解できた。
けれどどうしようもなく根強い自尊心が邪魔をして、光はそれを素直に行動に移すことができない。
男の汚らわしい箇所を口に含むことなど、光にとっては屈辱以外の何物でもなかった。
「癒してくれないの?」
葛藤を続ける光を追い詰めるように、楓は光の揺れる瞳を覗き込みながら言葉を続ける。
「ちゃんと“ごめんなさい”って気持ちを込めてご奉仕してくれたら、ヒメちゃんのした悪い事を許して口の中にいっぱい出してあげるよ?」
……舐めたら精液をもらうことができる。
その欲心に突き動かされ、光はついに床に膝をついた。
「はいっ、どうぞー。お好きなように咥えて舐って転がしてね!」
おっ開かれた股の間に詰め寄り、荒っぽい手つきでデニムのボタンを外して下着の中の塊を探り当てる。
そしてすでに固くなっていたそれを嫌々取り出し、抵抗感に苛まれる前におもむろに咥え込んだ。
「……っふ……ぅ……っ」
途端に口の中いっぱいに伝わる熱い体温。
光は無意識の内にその熱を求めて、口内に含んだそれに舌を絡めた。
……汚い。気持ち悪い。吐き気がする。
そんな今までフェラチオに対して抱き続けていた嫌悪は、楓を貪欲に求めるもう一人の自分によってあっという間に打ち砕かれていった。
「んっ……んっ、ふ……!」
限界と感じるまで深々と咥え、欲肉の感触を堪能する。
ピクッとそれが脈動するたびに射精を期待して胸が甘く疼かされる。
光は自尊心など完全に捨て去って無我夢中で楓のものにむしゃぶりついた。
「んー……」
しかし、そんな光とは対照的に楓の口からは不満を滲ませた声が漏れる。
「ヒメちゃんってフェラチオ下手っぴだね」
「ぶふっ!?」
あまりにも冷めた楓の意見に光は思わずむせ返り、口の端からこぼれた唾液をぬぐいながら楓を見上げた。
「……はっ、初めてやったんだからっ……しょうがないでしょ!」
「うーん。下手っぴでも気持ちが伝わってくるんなら良かったんだけどね。全然、ごめんなさいって気持ち込めてないでしょ」
「……っ」
確かにそれは当たっていた。
精液を求めることと、自分が気持ちよくなることばかりで相手のことなど何も考えてはいなかった。
……そりゃあ初めてなんだし、あんたに盛られた薬のせいで身体がおかしくなってるんだから、気持ちを込める余裕なんてないわよっ!
ていうかそもそも気持ちを込めるって何!? キモい!
……しかしそんな反論をすると楓の機嫌をますます損ねてしまうかもしれない。
なんとしてでも精液をもらわなくては治まりつかない光は、悶々と頭の中に巡る悪態をグッと呑み込んで投げやりに言った。
「ちゃんと気持ち込めてやればいいんでしょっ!」
「いや。フェラはもういいよ。ちょっと待ってて」
「はっ?」
キョトンとする光を尻目に、楓は颯爽と寝室へと入って行く。
せっかく高まった欲情をまたしてもないがしろにされ、光は消化することのできない疼きと苛立ちを込めて床に爪を立てる。
……このままじゃ本当におかしくなるっ……さっさと黙って精子寄こせよクソ野郎!
そんな猥雑なことをためらいもなく想ってしまうほど、光は心も体も追い詰められていた。
何やってんの!? 早く戻ってきなさいよ!
今にも寝室内に飛び込んでいきそうな形相で楓の去って行ったドアを見つめる光。
するとようやく楓が箱を一つ手にして光の前に姿を現した。
「捨てずにとっておいて良かった」
テーブルに座りなおすと楓は白い簡素な箱の蓋を開けた。
その中から取り出されたのは一本のバイブ。
薄いピンク色をした卑猥な玩具を掴むと、楓は目を見開いて愕然としている光にそれを突きつけた。
「はいっ、どうぞ!」
「……どっ、どうぞって、何がっ?」
「これを使って、オナニーして下さいな」
「はっ!? ばっっかじゃないの! なんでそんなことしなくちゃいけないの!?」
「ヒメちゃんのオナニーショーを見ながら俺も気持ちよくシコシコしたいから」
「そんなことしなくたって、私の中に突っ込んでさっさと射精すればいいでしょ!」
「それじゃお仕置きにならないでしょ。今やってることは悪い事をしたヒメちゃんへの罰なんだよ? ヒメちゃんがしっかり反省しなきゃ精子はあげまっせん」
……調子に乗りやがってこのクソ野郎……っ!
罵倒を噛み殺して光は楓を睨みながらそのいびつな形をした棒を掴み取る。
どんなに屈辱的な要求だろうと、光には『拒否をする』という選択肢は残されていなかった。
「やればいいんでしょっ……!」
「はい。じゃあまず立っておパンツを下ろして下さい」
ニッコリと笑って淫らな命令をする楓に憎しみを燃やしながらも光は言われた通りに立ち上がって下着に手をかける。
「そこでストップ!」
膝まで下ろしたところで突然制止させられ、意図がわからず立ちすくむ光。
そんな姿を眺めて楓はしみじみと微笑んだ。
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