お薬の時間です | ナノ


▼ 白濁液は蜜の味‐02

「これもう着ないから捨てといて」

今まで来ていた服を店員に押し付け、ついでに買った腕時計をはめながら店を出る。

時刻は4時を過ぎていた。


次は何買おっかなー。

尽きない物欲を膨らませ、光は新たな店を探して上機嫌に歩き始める。

──と、そのとき

「……っ……?」

不意に胸の奥にジワリとした妙な感覚が走った。

痛いというよりは苦しいに近いその感覚は、暗雲のように立ち込めて胸いっぱいに広がっていく。

なんなの、急にっ……!?

息苦しさに耐えかね、光は近くにあったベンチに腰かけた。

ぼんやりと現れたその感覚は次第に色味を増していき、明確な感情となって光の心を締め付け始める。

その突如湧き起こった感情の正体は、寂しさや心細さ、孤独感……他人の温もりを狂おしいまでに欲する“人恋しさ”だった。

それも、漠然とした欲求ではなく、光の脳裏には一人の人物がはっきりと浮かび上がっていた。


「なんで、アイツが……っ」

光は思わず戸惑いを口にする。

──最低。憎い。悔しい。絶対泣きながら土下座させてやる。

そう思い続けていたはずのあの男を、光の身体はどうしようもなく欲しているのであった。

どうしてあんな奴のことなんかっ……!

頭では今もなお憎しみの炎は絶えず燃え続けている。

だが、その意思に反して、胸の奥から『会いたい』『触れられたい』という切なさが次々と溢れ出す。

自制のきかない体に苛立ちを募らせ、光は震える唇をギュッと噛み締めた。

わかった……! アイツ、私が寝てる間に別の薬を盛ったんだ!

効果が表れるまでにだいぶ時間が経っているが、このただならぬ異変は謎の薬のせいとしか思えなかった。

光は孤独感以上に怒りを煮えたぎらせ、勢いよく立ち上がる。


丸腰で行くのは危ない。

そう考え、何か武器になるものはないかとデパートに入り、すぐさま日用品コーナーへと向かって一番刃渡りの大きな包丁を手にした。

……これはかなり強烈な脅しになりそう。

ギラリと鋭く光る新品の刃物は、光に少しの勇気と安心感を与えた。

そうこうしている間にも胸のざわめきは激しくなっていく。

昨日のように途中で気を失うわけにはいかない。

光はなんとか気持ちを奮い立たせ、ふらつく足取りでタクシーに乗り込み、男の家を目指した。


・ ・ ・ ・ ・


カーテンで閉め切られた窓から明かりがこぼれている。

どうやら男はすでに居間に戻ってきているらしい。

光は包丁を固く握りしめて恐る恐る玄関を開けた。

ガチャン、とドアを鳴らせてしまったが男の動く気配は感じられない。

床を軋ませながらゆっくりと居間へと続くドアの前に立つ。

そして一度深く深呼吸をして、力任せにドアを開け放った。


「おかえり」

白衣に身を包み、壁に背中をもたれかけながら医学書を読んでいた男が、殺気を帯びて仁王立ちしている光を笑顔で迎える。

そんな男の姿を見た瞬間、胸を締め付けていた切情が一気に欲情に変わって全身の神経を揺るがした。

目の前が歪むほどのその“発作”に、脚の力が乱れて光は床に膝をつく。

「……なに、その格好……っ」

少しでも気を緩めると理性が根こそぎさらわれていってしまいそうな激しい欲望が体内を引っ掻きまわす。

それでも光は必死に平静をつくろって質問を投げかけた。

「一応、仕事着……かな?」

そう曖昧に答え、男は医学書をテーブルに置いてゆったりと立ち上がる。

「ヒメちゃんも、なんだか昨日より華やかになってるね」

「……っ来ないで!」

男の足が自分の方へ一歩近づいた瞬間、光は背後に隠し持っていた包丁を男につきつけた。


『触られたい。抱いて欲しい。彼が欲しい。欲しい、欲しい欲しい欲しい!』

……うるさい、黙れ!


光の脳内には、まるで2つの人格があるようだった。

淫らに男を求めるもう一人の自分を抑え付け、光は包丁の刃に負けないほどの鋭い眼光で男を睨み上げる。

「少しでも私に触ったら、本当に刺すからっ!」

「……っふ、くふふっ……」

「なっ!? なにがおかしいのっ!」

「……や、馬鹿にしてるわけじゃないよ。つくづく気の強い子だなぁと思って。惚れ直した」

包丁を前にしても男は驚きも見せずに落ち着き払っていた。

それどころか、昨日とはどこか違う、邪悪で冷たいオーラを漂わせている。

「でも、包丁は人に向けちゃ危ないでしょ」

「こっ、来ないでってば!」

ゆっくりと近づいてくる男の異様な雰囲気に物怖じしながらも光は包丁を両手で力強く持ち構える。

「これ以上近づいたら刺さっちゃうね」

刃先の数センチ手前で立ち止まると男はそっとしゃがみ込んだ。

男の顔を前にし、光の中の欲情が一層激しく燃え盛る。

グッと唇を引き締めて、漏れ出しそうになる熱い吐息を閉じ込めて光は男を睨み続ける。

「俺を刺したい? 刺してみる? でもそんなことしたら、死んじゃうかもね?」

そうだよ。お前なんか死ねばいい。

本心ではそう食って掛かっているのに、もう片方の自分は『そんなの駄目』と叫び声を上げている。

男との距離が近づくほどに大きくなっていくもう一人の自分の存在。

……どちらが本当の自分なのか、光自身ですらわからなくなっていく。


「──っあ!」

自分の脳に翻弄されて集中力を崩してしまった光にすかさず男が手を伸ばし、手と包丁を捕える。

慌てて振り払おうと腕を引いたが、男の力に光は全く太刀打ちできなかった。

「ほら、危ないから手離して」

「……っ」

男の声が、触れている手の感触が、ゾクゾクと体中を駆け巡って淫欲を揺すぶり起こす。

……離しちゃダメ、絶対離さないっ……!

欲情していくもう片方の自分に負けじと光は気を張り詰めさせる。

だがそんな思いとは裏腹に、腕からは次第に力が抜けていった。

「はいっ、よくできました。いい子いい子っ」

素直に男の言う事をきいてしまった自分に絶望する光。

しかし男に頭をクシャクシャと撫でられると、どうしようもなく“気持ちいい”と感じてしまうのであった。


触るな。気持ちいい。もっと触って欲しい。気持ち悪い。抱き締めて。全然足りない。もっともっと欲しい。

頭の中でせめぎ合う2つの意思。

どんなに足掻いても抑え込むことのできない淫らな自分に嫌悪し、光は己を戒めるように太ももに深く爪を立てる。

「強情すぎるのも大変だね」

男のその言い草は光の身に何が起こっているのか理解しているようだった。

太ももを傷つけていた手を男の指に絡め取られ、手の先から腕へと突き抜けていく甘い痺れ。

男と共にふしだらな自身の体までも拒絶するかのように光はがむしゃらにその手を振り払った。

「私の体に何したのっ……? またおかしな薬でも使ったんでしょ!?」

「別の薬は使ってないよ。昨日のあの緑の薬だけ」

「……じゃあっ、なんで……っ」

「『なんでこんなに貴方のことが欲しくなってしまうの』って?」

「……っ、違う! お前なんか、欲しいなんてっ……」

「いいんだよー強がらなくて。ぜーんぶわかってるからっ」

そう言いながら男は、全身を硬く強張らせている光を強引に抱き寄せた。

男の体温や感触を体いっぱいに感じ、とろけるような恍惚感が光の心を埋め尽くしていく。

ふわりと鼻をかすめた消毒液のような薬っぽい香り。

それは密着している男の体から漂っているものだった。

そんな男の匂いにさえも身体は反応し、甘やかな悦楽を惹き起こしてしまう。

……だめ……っこれ以上大きくならないで……!

わずかに残された理性の中で光は必死にもう一人の自分と男を拒絶し続ける。

だが、劣情は勢いを衰えさせることなくどんどん大きく膨れ上がり、光の全てを支配し尽くそうとしていた。


「服用後に最初に受け入れた精子を生命維持の糧となるよう身体のあらゆる器官を支配するのが、昨日飲ませた薬の本当の効果」

「ふぁっ、あ……!」

耳元で囁かれ、ビクッと肩を跳ね上がらせる光。

男は楽しそうに笑いながら光の髪を掻き上げて耳に直接唇を寄せた。

「つまりね、ヒメちゃんは俺の精液を定期的に体内に取り入れないといけない体になったってこと」

「な……っ」

何それっ、全然意味わかんない……っ!

常識を外れた内容のうえに、鼓膜に注がれる男の声に脳内を掻き乱されてとてもまともに思考を働かせることのできない光は、男の言うことの半分も呑み込むことができなかった。

「そっ、そんなの、ありえないっ……!」

「ありえなくなくなくないよ。だって今こうして俺の精液が欲しくて欲しくて体がおかしくなってるでしょ」

「なってないっ!」

「まったまたぁ。そう言うけど体は正直ですぜ?お嬢ちゃん」

「ぃやっ……!! あっ、あぁッ!」

光の下半身へと降りた男の手が、素早く下着の中に侵入して割れ目を掻き分ける。

そこは男の指の動きに合わせてクチュクチュと粘着質な水音が立つほどに熱く濡れていた。

「ほらっ、『カエデ君ノ精子ガ欲シイヨー』って泣いてるよ? あ、申し遅れたけど俺の名前、楓(カエデ)というので以後ヨロシク」

「ああぁっ! いやっ、いやぁ……ッああ!」

膣内に指を突き入れられ、光は悠長に「こちらこそ宜しく」なんて言っている場合ではなかった。

眼鏡の奥の瞳をギラつかせて不敵に笑う男……楓は、光の中に埋めた二本の指にさらにもう一本追加して狭い肉壁を強引にこじ開け、深くまで指を挿入させていく。

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