Sunny Holiday


たとえそこが地獄だろうが

きみさえいればそれだけで

俺にとっては天国になる。

だから行こう。

いつも

どこまでも

一緒にいよう。


・◆ Sunny Holiday ◆・



青い空。
白い雲。
輝く太陽。

休日の浜辺は家族連れやカップルで賑わっている。

「暑…」

仁王は呻くように呟いた。
辺りには日陰がほとんどない。辛うじて建てられた休憩所(といってもただの広い板間に簡易の屋根が付けられただけのもの)に横になり、滲む汗を拭う。

暑さは苦手だと自覚する自分が、まさか真夏に海に来る羽目になろうとは。

(まあ…仕方ないっちゃ…アイツの頼みじゃからのう…)

心の中でため息を吐き、自分を連れ出した人物を目で追った。

彼…不二周助は今、売店にいた。その飛び抜けてキレイな容姿は、周りの女だけでなく男もヒソヒソと話すくらいだ。うっかり目を離したりしたら、あっという間にナンパ(逆ナンも)されてしまいそうな勢いに、仁王はため息を吐く。

(…ま、そんなことはさせんがな…)

いつでも動けるように不二を見張りつつ、こうして過ごすきっかけになったのもそういえばナンパから助けたからだったな、と思い出した。

仁王と不二が恋人として付き合い出して半年程が経つ。

仁王は去年の夏の全国大会以降、不二のことが気になっていたが、半年前、偶然横浜でナンパから助けたのをきっかけに急接近したのだ。

不二は本当によくナンパに遭う。待ち合わせで少し遅れると、大抵知らない男に絡まれている。それを牽制できる立場にいられるのは、仁王にとって誇りだった。

その愛して止まない恋人が、突然海に行きたいと言い出したのは先週のこと。暑さが苦手な仁王は躊躇したが、不二は楽しそうに計画を立てた。

「夏だっていうのに、クーラーの効いた室内にばかりいたんじゃ体によくないよ」

不二の言い分もわかるが、避暑ならまだしも暑い時期にわざわざ暑い場所に行く意味が仁王には理解できない。

「だって海とか夏しか入れないじゃない。しかもクラゲが出るまでの期間限定だよ?」

そう上目遣いで言われたら、さしもの仁王も頷かざるを得なかったのだ。
しかし不二も鬼ではない。ちゃんと仁王のことを考え、すぐに室内に入れるように海に近いホテルを予約していた。
そう、彼らは今、夏休みを利用してちょっとした旅行に来ているのだ。

デートと言えばお互いの家に行くかゲームセンターがお決まりのコースの二人にとって、初めての旅行だった。

ナンパされることもなく、無事に買い物を終えたらしい不二は、買ったものを持ってこちらに戻ってきた。
にこ、と微笑む不二に目を細め、体を起こす。不二は隣に座るとはいこれ、と手に持ったものを差し出した。

「お腹空かない?適当に食べて」
「おお、すまんの」

焼きそばとたこ焼きを並べ、不二は割り箸を割って仁王に渡す。それを受け取り、たこ焼きを一つ口に入れた。不二も手を合わせ、焼きそばに箸を伸ばす。

「ねぇ、せっかく海に来てるんだし、少しは入ったらどう?」
「嫌じゃ。暑いじゃろ」
「そりゃそうだよ。夏なんだから。暑くなきゃ海なんか入れないでしょ」
「……」

至極真っ当な意見なので、仁王は反論できない。直射日光に肌を焼かれるあのジリジリとした感じが嫌いなのだが、あまり賛同は得られなさそうだった。

「デートは海に行きたいって前に言ってたじゃない」
「…それはそうじゃがな…」

海に行きたいと言ったのは決して入りたいからではなく、不二の水着姿を見たかったからである。

水着に半袖のパーカーを羽織ったその姿は、普段わりといつもかっちりした格好を好む彼のまた違った魅力を引き出していると思う。特に、前を開けたパーカーから腹や時折胸元までがちらちらと見えて、それがまたエロチックだった。

「…たまらんのう…」
「何が?」

こくん、と喉を鳴らすと、不二はきょとんとして仁王を見た。そんな不二に苦笑しながら顔を上げると、ちょうどビキニの女性が二人、自分達をチラチラ見ながら楽しげに通り過ぎていく。それに僅かに眉をしかめ、たこ焼きをもう一つ口に放り込んだ。

「…もしかして水着の女の子?」

不二は窺うように仁王を見る。仁王は答えず、黙ってたこ焼きを咀嚼した。

そんなものには全く食指は動かない。興味があるのは今目の前でもぐもぐと焼きそばを食べている男だけだ。

「…ふぅん…そうなんだ…」

しかしその沈黙を肯定と取ったらしい不二は、少しムッとした様子で呟くと、食べるのもそこそこにスッと立ち上がった。

「何じゃ?食わんのか?」
「…泳いでくる」
「え」

それだけ言うとパーカーを脱いで砂浜に出ていく。

「おい、不二っ」

仁王は慌てて立ち上がると、見失わないように急いで後を追った。

こういう時、不二は物凄く素早い。人が多いせいもあり、なかなか追い付けなかった。そうこうしているうちに今度は本当に見失ってしまう。

「…クソっ…どこ行きよった…」

海岸は恐ろしく広い。キョロキョロと探し回るが、それらしい人物は見付けられなかった。かといって放っておくわけにもいかない。誤解も解かねばならなかった。不二が消えた方向を、仁王は必死に探した。

一方、仁王から逃げるように立ち去った不二は、苛立ちを自覚しながら歩いていた。今、仁王の顔を見たら、酷いことを言ってしまいそうで怖い。落ち着くまでは仁王に会いたくなかった。

「…仁王のばか…」

ぽつりと呟いて海に入る。ばしゃばしゃと腰まで浸かり、息を大きく吸うとざぶんと潜った。そして水中で再び「仁王のバカ!」と叫ぶと(もちろんまともに発音は出来ていない)、肩で息をしながら海から上がった。

「ふう…」

水の滴る髪をかき揚げた時。

「ねーきみ、一人?」

聞こえた声に顔を上げる。若い大学生風の男が二人、行く手に立ちふさがった。

「きみ、高校生?」
「一人なら俺らと遊ぼうよ」

にやにやとしながら順に発言するこの男たちは、いつものナンパより質が悪い。何故なら今不二は、明らかに男とわかる格好をしているにも関わらず声をかけてきているからだ。普段なら女と間違われて、ということもあるので、男ですと言えば半数は撃退できる。だが今目の前にいる男たちにそれは通用しなさそうだった。

「…退いてください」
「そんなこと言わないでさぁ」
「かき氷でも食べようよ」

今時幼稚園児でもそんな台詞に付いては行かないだろう。振り切るしかないと踏んだ不二は、黙ってその場をすり抜けようとした。
が、男たちもしつこくて、すり抜けようとした不二の腕をがし、と掴む。

「どこ行くの?まだ話終わってないじゃん」
「話すことなんてありません」
「そう言わないでさぁ」

男は手を離そうとしない。ぐい、と引き寄せ、剥き出しの肩に腕を回した。

「ほっそい肩ー。きみ、本当に男?」

肩に回した腕で不二の体を撫でる。その感覚に全身が粟立った。

「やっ…止めてください!」

仁王じゃない男に肌を直接触られるなんて…!

それでも男たちは構わずに不二を逃がすまいと脇を固める。

「いいじゃん。俺らと遊ぼうよ」
「嫌…!離して!」
「きみが遊んでくれるならね」

体の大きい男たちの力は強く、不二では振り払えない。触られるたびに鳥肌が立った。

「やっ…やだ…仁王ッ…!」

無意識に名前を呼んだその時。

「…呼んだかの?」

声がした方を3人はほぼ同時に振り返る。

「仁王…!」

そこには、息を切らした仁王が立っていた。


走り回って不二を探していた仁王は、やっとその色素の薄い髪を見付ける。陽光を反射して光るその髪は、しかし一人ではなかった。
遠目からでも、また不二が男に絡まれているのだとわかる。

(…不二…!)

一目散に駆け付けると、不二が涙混じりに自分を呼んだ。それで充分だった。

「おまんら…そん手を離さんかい」
「あん?何だお前」

いきなり現れた仁王に、男たちは食って掛かる。

「関係ねえやつは引っ込んでろよ」
「邪魔すんなよな」

口々に言う男たちを無視し、不二をぐいっと引っ張って後ろに庇った。

「関係は大有りじゃ。こいつは俺の連れじゃき、手ぇ出さんでもらおうか」

ぎっと仁王が睨み付けると、男たちは何だよ、とぶつぶつ言いながらその場を去っていった。ふん、と鼻を鳴らしてそれを一瞥すると、背後で俯く不二を覗き込む。

「不二、大丈夫かの?」
「…う…うん…」
「そうか。そんならえい」

よしよしと頭を撫でて不二の手を取り、そのまま歩き出した。

「ちょ…仁王!手っ…!」
「こんくらいよかろ。皆自分らが楽しんじょるき、誰も気にせんぜよ」

振り向いてニッと笑うと、不二は顔を真っ赤にしながらもう…と呟く。それでも、繋いだ手を離そうとはしなかった。


「ああ、極楽ぜよ」

二人はそのまま予約していたホテルにチェックインした。あのまま海にいる気にはなれなかった。

エアコンの効いた部屋に着くなり仁王はどさりとベッドに倒れ込む。それを見て、不二は申し訳なさそうに微笑んだ。

「暑いの苦手なのに炎天下の砂浜を走らせちゃってごめんね」

仁王は体を起こすと微笑んで見せる。

「不二が謝らんでもえいぜよ。俺が悪かったんじゃき」
「…でも…」
「俺がちゃんと言わんかったき、変な誤解さしてしもうた」

仁王は立ち上がり、窓辺にいた不二をそっと抱きしめる。

「あん時『たまらん』ち言うたんは…お前にぜよ」
「え?」

不二はきょとんとして顔を上げる。それにまた微笑むと、額にちゅ、とキスを落として耳元に口唇を寄せた。

「不二の裸パーカーに萌えたんじゃ」

ニッと笑って言うと、不二はかあっと頬を染めて目を逸らす。

「…ばっ…バカじゃないの?」
「そうじゃのー」

抱きしめる腕に力を込めてまた耳元で囁いた。

「俺は『不二バカ』なんじゃ」
「……っ」

そのまま耳朶を甘噛みすると、不二はぞくりと体を震わせる。その反応に気を良くし、耳朶から首筋にかけて食むように舌を這わせれば、不二からは切ない声が漏れた。

「ぁんっ…仁王っ…」
「…そん声もたまらんぜよ…」

ぺろりと口唇を舐め、不二の着ていたシャツのボタンに手を掛ける。不二は慌てたようにその手を制した。

「…何じゃ?ここまで来てお預けか?」
「そっ…そうじゃなくて…っお風呂、入らなくちゃ…。僕さっき海に潜ったし…」
「構わんき」
「え?あ、…やんっ…」

台詞の通り、構うことなく仁王は不二の服を脱がせてベッドに横たわらせる。不二の胸に口唇を寄せながら、自分も器用にシャツを脱いだ。

陽に当たって少し赤くなっている不二の肩にちゅ、とキスを落とす。

「さっき随分触られちょったきに…消毒じゃ」
「仁王ったら」

仁王はあの男たちが触れた部分を確実に口唇でなぞった。そうすると本当に浄化される気がするから不思議だ。
肩から順に下がり、胸の飾りを舌でつつくと、一層切ない声が聞こえる。

「あっ…ん…っ」
「えい声じゃ…もっと聞かしとおせ…」
「んんっ…!」

独特の訛りが耳に心地好い。不二は仁王の訛りと低い声が好きだった。この声で、この訛りで愛を囁かれると、それだけで達してしまいそうになる。

仁王は不二の体を指と舌で味わいながら、少しずつ下方に移動した。ベルトをあっという間に解くと、履いていたクロップドパンツもするりと脱がせてしまう。

「暑いのは苦手じゃが、夏は脱がせるのが楽でいいのう」
「…何言ってるの…や…っ」

不二が呆れたように呟いている間に露になった下肢をなぞると、不二は恥ずかしそうに身を捩った。

「…隠さんでくれ。見えんぜよ」
「は…恥ずかしいよっ…」
「構わん構わん。俺しか見とらんき」
「だから恥ずかしいんじゃないか…っぁん!」

不二の言うことなどまるで聞こえないように、仁王は見られて反応している不二の中心にちゅ、と口付けた。大きな手で握り込み、ゆっくりと上下しながら先端を口に含んで舌で愛撫する。

「あ…あっ…!」

仁王の舌と手に、不二の理性は奪われる。両足を大きく開かされ、緩急を付けて扱かれて、先端の割れ目から裏の筋まで丁寧に舌を這わされれば不二にはもう羞恥を感じる理性はない。与えられる快感に素直に従って腰を揺らし、声を上げた。

「あ…!仁王…っイイ…!」

その声と恥態に満足そうに微笑むと、仁王は空いた方の手の指を唾液で濡らし、愛撫を続けながらヒクヒクと物欲しげに疼く後孔につぷ、と差し入れる。この半年で何度も仁王を受け入れてきたそこは、難無くその指を飲み込んだ。

「あんっ!仁王…!」
「…エロいのう不二は…。まっことたまらんぜよ…」

嬉しそうに呟いて更に指を増やし、ぐちゅぐちゅと中をかき混ぜる。仁王の指の動きに合わせ、不二の腰もエロティックに揺らめいた。

「あぁっ…ダメ仁王…!」
「…よかよ」
「んんっ…あぁっ!」

限界に張り詰めたモノを口に含んで思い切り吸い上げれば、不二の熱が仁王の口内で弾ける。それをこくんと飲み込んで口を離すと、よほど良かったのかまだ不二の先端からはトロトロと白濁の液が溢れた。

はー、はー、と肩で息をしてシーツに沈む不二に口唇を寄せる。

「今日はまたえろう感じゆう…そんに良かったかの?」
「んっ…」

不二は涙を浮かべながら快感の余韻が残った瞳で仁王を見上げた。その熱のこもった瞳は、より一層仁王を誘う。
ごくりと喉を鳴らし、先ほど指で解した後孔に熱くなった自身を押し当てた。

「不二…挿れるぜよ…」
「ん…っ」

小さく頷いて仁王の首に腕を廻す。それを合図に、仁王はぐ、と不二の中に自身を埋め込んだ。

「あっ…!」
「…痛くないかの…?」
「ん…平気っ…」

にこ、と微笑み、不二は自分から仁王に口唇を寄せる。待てないと言うようにその口唇を貪りながら、仁王はゆっくりと、でも確実に不二の最奥を突き上げた。

「ふ…んっ…ん…っ」

角度を変えて口唇を合わせ、舌を絡め合う。同時に、ゆっくりだったスイングは次第に激しくなった。
夢中で腰を揺らし、お互いを求める。静かな室内に響くのは、荒い息遣いと肌のぶつかり合う音、そして不二の切ないまでの喘ぎ声だけだ。

「あっ!仁王…そこイイ…!」
「…ここじゃな…」
「ん…!ぁん!ダメっ…そんなにしたらまたイッちゃう…!」
「…いいぜよ…俺も…!」
「んっ…一緒に…!」
「…ああ…」

不二が廻した腕に力を込める。仁王もぎゅ、と強く抱きしめると、更に激しく腰を打ち付けた。

「あっ!…も…ダメ…!」
「…俺もじゃ…!」
「あ!…あぁっ!」

ぐっと最奥を突き上げて仁王が注ぎ込んだのと、不二がもう一度熱い熱を吐き出したのはほぼ同時だった。

しばし二人で呼吸を整える。

「…まっこと…おまんは最高じゃき…」
「…やだもう…」

仁王ったら…と不二は頬を赤らめるが、仁王は構わずその口唇を塞ぐ。

「んっ…」

ひとしきり合わせた口唇を離すと、もう一度強く抱きしめた。

「…不二…好きじゃ…」
「…僕も…好きだよ…」

にこ、と微笑み合い、再び口唇を合わせる。ゆっくりと、味わうように。


「…ああ…ベタベタで気持ち悪い…」

仁王に掴まりながら立ち上がった不二は、自分の体を見てため息を吐いた。それを見た仁王は苦笑を漏らす。

「そりゃおまんがたっぷり出すからぜよ」
「なっ…!」

不二はカッと赤面して仁王を睨んだ。

「っ…それもあるけど!海に入って潮まみれだって言ってるの!…全く、お風呂入りたいって言ったのに誰かさんがせっかちだから…」
「誰じゃろうなぁ?」
「…誰だろうねぇ?」

惚ける仁王を睨みつつ、でも腰が立たない為に仁王に掴まってバスルームに入る。そしてシャワーを浴びながら、また抱き合うのだった。


「おお、そうじゃ」
「ん?」

バスルームから出て室内に用意されていた浴衣に着替えると、仁王が思い出したようにぽんと手を打った。

「前から思うとったんじゃが」
「うん?」
「おまん、男にナンパされ過ぎぜよ」
「…僕のせいじゃないし」

不二は不満げに肩を竦める。

「向こうが勝手に来るんだもの。知らないよ」
「もうちょっと自覚せい」
「何を?」

む、と眉間にシワを寄せた不二の肩を抱き寄せ、耳元で囁いた。

「おまんは俺のモンじゃ、ち自覚じゃ」
「…っ!」

耳元で聴く大好きな声とその言葉に、不二はぞくりと震える。それをごまかすように顔を逸らし、早口で答えた。

「じゃ…他の人が寄って来られないくらい、…ずっと一緒にいてよ」
「…不二」
「誰にも触られないように、…僕を、捕まえてて」

頬を染めた不二に、仁王はにこ、と微笑む。

「…合点承知じゃ」

髪を撫で、指を絡める。
夕陽を浴びた二つのシルエットが、ゆっくりと重なった。


end.


お宝書庫へ戻る

- ナノ -