'Pure'
都心にあるホテルの一室。
さきほどまで情事に耽(ふけ)っていた少年ふたりが、ゆったりとベッドの中にいた。
千石は携帯の電源を入れてメールの受信を確認し、片手で返信を打ち始める。
その隣で不二は、見るともなしに千石の横顔を眺めていた。
「明日さぁ、テスト終わるよね。不二くん」
メールを打ちながら何気なく声をかけてきた千石に、不二は微笑んで、
「うん。やっと解放されるよ」
と、大して気にもしていなさそうな口ぶりでおっとりと返した。
「俺んとこも、昨日で終わったんだよね。もうすぐ夏休みだしさ、シーでパーっと遊ばない?」
手馴れた速さで携帯を打ちながら、千石がさりげなく誘った。
「男ふたりで遊園地?」
不二が苦笑して返す。
「ん〜。俺実は絶叫系苦手でさ。知り合いの女の子たち、みんな絶叫系大好きだから、ひそかに特訓したいんだよね」
千石の言葉に、不二は、ふっと吹き出した。
「なるほどね」
不二はシーツの中で体育座りのように膝を抱えて、小首を傾げるようにして千石を見た。
「うん。あれは生まれて初めて乗ったとき、なんの拷問かと思ったね」
くすくすと笑う不二に、ふいに千石は悪戯げに眼を光らせた。
「ところで、だれにメールしてるのかって聞かないの?」
不二とふたりきりのときはめったに携帯の電源を入れない千石だった。
「聞いて欲しい?」
くすりと不二が笑った。
その反応に「ちぇっ」と笑った千石が、携帯を閉じて不二の耳元に口唇を寄せた。
「不二くんが一番だよ」
「だれにでも言うくせに」
ふふ、と不二がたおやかな笑みを見せた。
* *
ある日曜日、千石はひとり家で留守番をしていた。
暇を持て余し、かと言って出かける気分にもなれず、千石は無意識に携帯に手を伸ばしていた。
「いつ気づくのかなぁ…本当鈍いんだから」
千石は、呟いてメールを送信した。
間を置かず返ってきたメールには、家へ来ないかという千石の誘いにイエスで答えた短い文面が表示されていた。
「よしっと」
今夜は両親と姉が外泊のため、千石はひとり悠々自適に留守番をしていたのだ。
『家』というテリトリーに他人を入れない千石にとっては、千石の言葉で言えば、これは『ない』ことだった。
「いらっしゃい」
玄関で出迎えた千石は、迷わなかったかと不二に問うた。
「うん。大丈夫。バス降りてすぐ、きみの言ってた目印見つけたから」
不二はさらりと笑って、千石の後について家に上がった。
「俺あんま人呼ばないんだよね。中学入ってから友達家に上げるの、不二くんが始めてだよ」
千石の台詞に、
「友達…ね」
と不二が苦笑した。
不純同性交遊しているのに、と不二は内心思った。
千石は気づかずに階段を上がっていく。
不二はしばし千石の後姿を見ていたが、彼が階段を上りきってしまう前に後を追って階段を上り始めた。
不二は、千石といるとなぜだか居心地が良かった。
それは、不思議な感覚だった。
不二は千石といると、なぜか自分の中の『pure』な部分が、欲望とは違うなにかが、疼(うず)くのだった。
千石という存在は、不二という人間の中にある殻を透過して、直に心の核に響かせるような存在だった。
「ごめんね、今、麦茶しかなくて」
茶を出した千石としばらく喋っていた不二は、彼との穏やかで光のような時間を少なからず楽しんでいた。
日が暮れて夕食も一緒に取った後、千石がふと時計を見た。
「不二くん。今日はうちに泊まってさ」
他にはだれもいないのに、ひそりと千石は声をひそめた。
「イイコトしない?」
千石の、内緒話をする風情がなんとなく可笑しくて、不二は声を上げて少し笑った。
千石の手は甘やかに不二に触れた。
まるでガラス細工に触れるように、それでいてどこか欲望に滲む熱さを見せて。
「…んん、ん」
不二は千石の下で、あえかな喘ぎ声を上げて彼を愉しませた。
「千石くん…もっと」
昨夜徹夜していたという千石は、情事の後、不二の腰を抱いて眠りについた。
『不二くんの髪、さらさら〜』
猫みたい、大好き、と、千石は眠る前に言っていた。
不二は、千石が甘えを見せるのがくすぐったかった。
──きみの隣にいられるのが、当たり前と、奇跡。
ワルイ男だけど、悪い人じゃない。
「んー…不二くん、好きだよ…」
千石の寝言に、不二は穏やかな表情で彼を見つめていた。
友達とも恋人とも違う『特別』な距離。
眼が覚めたら、ぼくの中の'pure'の原石を取り出して、きみに捧げよう。
Fin.
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