風邪っぴきのサンタクロース


 ジングルベルジングルベル〜鈴がなる♪今日は楽しいクリスマス…か…。

 街中浮かれてて楽しそう…
 …道行くカップルは皆幸せそうだ。

 僕はぼーっとキラキラ光るクリスマスツリーを1人眺めていた。
 この大きなクリスマスツリーの前。
 僕はもうここに一時間はいるはずだ。一時間の間にどれくらい人が入れ替わっただろう? 1人消え、1人増え、みんな嬉しそうに去っていく。その繰り返し。
 だけど僕が1人なのはかわらない。
 そう、今朝までは僕もその幸せなひとりになるはずだった。
『ねぇ乾。明日駅前の大きなツリーの前で会おうよ!』
『ああ…あのツリーの全長は18メートル38センチ電球の数は…』
『乾いまは約束するのがさきだよ』
『しかしだな…』
『わかった明日ツリー見ながら説明してくれる?』
『ふむ…不二の言うのも一理あるな。やはり百聞は一見にしかずか…』
 まだぶつぶつ言っている乾に『じゃあ明日2時に待ち合わせだよ』と念をおす。
『ああ…明日だな』
 乾とクリスマスを過ごせることを僕は今から想像し思わずにやついてしまう。
 乾と付き合いはじめて初めてのクリスマス。やっぱ一緒にケイジャンチキンが食べたいなぁ…。
 そんな妄想までしたりして。

 だけど…、
『不二すまない…今日はどうしてもいけなくなってしまった』
 今朝突然そんな電話をもらった。目の前が真っ暗になった。
『どうして?』
 そう問うのが声が震える。
『すまない』
 返ってくるのはそれだけだ、理由も説明してくれない。
『ツリーの説明まだしてもらってない…』
 ポツリと呟く僕に『あのツリーはだな』と説明を始めようとする。
『乾のバカ!』
 僕はぷち切れた。
 ツリーの説明はこのツリーの下でして貰えないと意味がない。
 乾と一緒にクリスマス過ごしたかっただけなのに…。

『はぁ…』
 何度目かわからないため息。時計はすでに4時を回っていた。
『帰ろっと』
 どこか期待してた。来てくれるんじゃないかって。
 プレゼントも用意したのにな…。

「あれ? 不二先輩じゃないっすか?」
 顔を上げるとこのくそ寒いのにいつもの黄色いTシャツ一枚の桃がいた。
「やぁ桃。元気だね」
 いつものスマイルを作り応対する。
「不二先輩、泣いてるんすか?」
 えっ? 僕、うまく笑えなかった? そんなハズはない。
 僕のポーカーフェイスは完璧なはずだ。
「不二先輩…無理して笑わなくていいっすよ」
 そういうと桃は僕の手を掴んで「ついてきてください!」と走り始めた。

「なに? 桃っ?」
 連れていかれた先は乾のマンションだった。
「乾先輩高熱で寝込んでるそうですよ。じゃあ俺はこれで」
 桃は手を振りながら行ってしまった。
 くせ者か…。桃に見破られるなんて僕もまだまだだね。思わずクスリと笑ってしまう。
 でも風邪なら風邪って言ってくれればいいのに。しかもなんで桃が知ってるんだ? よしとっちめてやろう。
 ピンポーン。
「はい」
 乾だ。
「僕だけど」
 地を這うような僕の声に乾は声を詰まらせた。
「やぁ不二」
 やぁ不二じゃないだろ!
「開けろ」
 僕が命令すると、
「いや…いま開けると不二が感染す…」
「ごちゃごちゃいってるとカギ、壊すよ?」
「はい…」
 乾は大人しく開けた。
 出てきた乾は真っ青でつらそうだった。
「こんなみっともないとこ不二に見せたくはなかったんだがな…」
 と頭をポリポリかいている。そして、
「うつると大変だから帰ってくれないか」
 とこの後に及んで追い返そうとするから、
「おじゃまします」
 と勝手に上がり込む。
「不二っ」
 慌てて僕を掴む手があつい。その手の熱さに気づいてないよう。
「お家の人は?」
 と問うてみる。乾の家は両親揃って留守がちだ。
「ああ…今日も仕事だ」
 やっぱり。ますます帰るわけにはいかない。
「そんなことより不二…」
 次にくるセリフはわかってる。僕は開眼して睨んでやった。
「だいたい、風邪ってなんで言ってくれなかったのかな? どうせ心配かけたくなかったとかそんな理由だろうけどね。だいたいなんで桃が知ってて僕が知らないんだよ!」
 厚いメガネに阻まれて表情は読めない。だけどきっとメガネの下で焦ってるはずだ。
 僕はそっとメガネを外した。
「不二…」
 いつもならはずす前に腕を掴まれる。やはり熱で朦朧としてるらしい。動揺が隠せないのか、はたまたつらいのか目が泳いでいる。
 だめだ…。思考がついていってないらしい。僕の腕を掴んでいる乾の手を外し、逆に僕が乾の腕を掴んだ。
「部屋、戻ろう?」
 そして乾のベッドの前。
「横になった方がいいよ」
 と僕はベッドに乾を押し倒した。
 そんな僕に乾は、
「なんか不二に押し倒されるのって新鮮…」
 こんな時なのに嬉しそうに笑う。
 メガネがないから表情が全面に顔にでるから照れる。照れ隠しに、
「嬉しいついでに質問答えてくれるかな?」
 僕は目を開けてじっと乾の答えを待った。
 乾は僕の目を見つめ返す。
 やがて乾は根負けしたのか口を開いた。
「すまなかったな」
 その一言があったかくて、優しくて僕は思わず目をそらした。
 そんな僕の髪を乾が梳く。
「うつる前に帰ったほうがいい」
 僕の好きな乾のあったかくて大きな手。
 いつもより熱い…。
「早くお帰り」
 乾が僕の耳元で囁く。ずるい。僕が乾の声に弱いこと逆手にとって僕を最優先する。
 いつも肝心な時に僕を蚊帳の外におく。それが乾の優しさだってのはわかってる。
 でも今日はいるって決めたんだ。大切な人ひとりでつらい思いなんてさせたくない。
「ダメだよ。1人にはできない」
 だいたいすごい汗じゃないか。このままじゃ余計悪化する。
「乾、着替えよう」
 僕は勝手にタンスを開け、パジャマとスポーツタオルを取り出した。そして乾の上半身を起こしてもらいパジャマのボタンに手をかけパジャマを脱がす。
 こうと決めたらテコでも動かない僕の性格を身を持って体験している乾はもう抵抗もしなかった。
 ただ「冬休み遊べなくなっても知らないぞ」と一言いっただけ。
 僕はシカトしてスポーツタオルで乾の躯を拭く。
同じ男なのに華奢な僕の躯とは大違いだ。僕にはない筋肉。僕にはない広い肩幅。そして僕にはない高い身長。それが今は小さく見える。
 早く良くなってほしいと祈りながら乾の躯を拭いていたけど僕の心の中にちょこんとイタズラ心が芽生えてしまった。
 たまには僕が乾を好きにしようかな?
 こんなときでもないとそんな機会ないしね。
 さてとどう調理しようかな?
 じゃあいつも僕が乾にされるようにしてみればいいんだよね?
 よしっ。
 ペロリと乾の乳首を舐めてみた。
「ふじ?」
 乾が固まってる。データになかったようだ。
 よし次はどこ舐めようかな?
 決めた。次は首筋。ぺろっと舐めてみたけどバランスを崩して押し倒してしまった。
 慌てて顔を上げると乾が呆然と僕を見ている。うわぁ…なんかかわいいかも。
 めったに見ることのできない目にキス。
 そして…ため息つくその唇にもキスをひとつ落とした。
 乾の口をこじ開け舌を差し込む。口の中が熱い。口の中の熱が下がるようにと僕は舌を必死に動かした。
 乾はというと僕をあきらめさせようとしているのか、まったく応えてくれようとしない。
 やけになった僕は乾の唇に噛みついてみた。
 びくっと一瞬唇を震わせたもののやはりなんにも言ってくれない。
「乾!」
 僕がむっとして顔を上げると乾は必死に笑いをこらえている様子だった。
「なんで笑ってるんだよ!」
 思わず僕は乾をつねった。
「相変わらず凶暴だなぁ…」
 乾がそう笑うから僕はむきになって乾をポカポカ殴った。確かに僕は乾に対して凶暴だけど。それはよくわかってるけど。乾は僕のことを心底理解してくれてるから作る必要もないから甘えてるだけで。
「不二…ごめんな…」
 乾は突然真面目な声でささやいてきた。同時に僕の手も止まってしまう。
「来てくれてありがとう。ほんとはすごく嬉しかった」
 そう言いながら僕の背中に手を回す。
 図らずも乾の裸の胸に僕は抱きしめられてしまった。
 途端に僕は泣きそうになる。
 さっき寂しかったこと。乾に早く抱きしめられたかったこと。いろいろ言いたいことがあるけど言葉がでてこない。
 変わりにでた言葉は、
「…のばか! こんなときに風邪ひくなよ!」
 こんなこと言うはずじゃなかったのに。コレじゃ駄々こねてる英二みたいじゃないか。
「不二…ごめんな。さっき桃から電話もらったときほんとは迎えにいこうと思ったんだが…」
「あっ…桃が知ってたわけ!!」
 乾はそのことを説明し始めた。
 話の顛末はこうだ。
 桃はケーキを買いに行こうと街を歩いていたら、海堂がこの寒いのにいつもの黒いタンクトップでランニングしてるのを見たらしい。そこで負けてらんねーな負けてらんねーよ、と自分もいつもの黄色いシャツでランニングを始めたらしい。
 で、走っている時に僕を見かけ、乾を待ってるのを察したらしい。
 それで桃はクリスマスでケーキを買わなくてはいけないことを思い出し慌ててケーキを買って帰ったらしいけど、またしばらくしてからシャンメリーを買い忘れたということを気づいて街に戻ってきたら、まだ僕がいたから乾に電話してくれたそうだ。
 で、そのあと僕をここに連れてきてくれたってわけか…。
「バカだね桃…」
「ああ…バカだな」
 二人で顔を見合わせ大笑いした。

「ハクション」
 乾がくしゃみをする。あっ…しまった。乾着替えの途中だった。
「ご、ごめん」
 僕は慌てて乾の上からどいた。
「すまないな」
 乾は僕が置きっぱなしにしていたパジャマに袖を通す。
 僕は乾が着替え終わり横たわると布団をかけてあげた。
 そして…、
「好きだよ乾」
 そう言っておでこにキスを落とす。
 乾が好きだよ。データバカで肝心な日に風邪ひくようなヘタレだけど。
 それでも僕を一番に考えてくれて愛してくれる乾がすき。

「不二…俺も不二が好きだよ」
 乾が幸せそうに笑うからこんなクリスマスもいいかって思える。
「そうだ。不二。机の上のその紙袋とってくれないか」
 乾の指の先、紙袋があった。
 僕はそれをとって乾に渡したが受けとってすぐ、
「メリークリスマス不二」
 とそれを僕に渡した。
 乾が僕にくれたのは僕がずっと探してた古いジャズの曲のレコードだった。
「これどうしたの!?」
 どこを探しても見つからなかったものなのに…。
「それは企業秘密だな」
 相変わらず食えない男だけど、こんなに僕を喜ばせてどうするんだろう?
「ありがとう、僕のサンタさん」
 僕はお返しに乾の腕にお揃いのバングルを巻いた。
「メリークリスマス乾」
 それだけでは負けた気がしてつまらないからバングルの下にキスマークをつけてやった。
「これが消える前に治してね。治さないと…」
 僕はにっこり笑った。
 乾は何度も頷く。
 心持ちこわばってるような気がするけど。

 来年のクリスマスは2人で健康で迎えられますように。

 サンタさん、今からそう祈ってていいですか?

 メリークリスマス!


 END


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