Sleeping Beauties


茨の城に眠る姫君を救うのは


鋼の剣の替りに木製のテニスラケット

甲胄はレギュラージャージ

全身全霊で笑わす口撃が盾


僕の王子様は、六角(ヘキサゴン)の英雄(ダビデ)。




『不二先輩、また今日も来てるッスよ』


夕方。テニス部の部室。

先程帰ったはずの越前が再びやってきて僕に教えてくれる。

誰が来ているか、なんて聞かなくても、ここに居る全員が判っている。


『ありがとう、越前』


僕はテニスバッグを背負い込み、越前と供に部室を出た。

目の前の金網に、一際背の高い人影が一つ。


『もぅ…。来なくていいって言ったのに…』

『TELをしなかったから、怒っテル…プッ』


越前は固まっていたけど、僕はついつい吹き出してしまった。


『相変わらずだね、天根くんは』


天根くんは僕のテニスバッグをひょいと奪い、軽々と背負ってくれた。


『じゃあ越前、お先に』


越前に別れを告げ、僕と天根くんは歩きだした。


駅の近くのファミレス。
いつものコースだ。

僕たちが付き合い初めてから、天根くんは頻繁に青学に来るようになった。

お互いの家の距離があるから、日曜日くらいしかまともに会えない。
それだって一ヵ月に2回が限度。

電話やメールのやりとりをまめにしていたから、特に不満には思っていなかったのだが、つい僕が「もっと会えたらいいね」と言ったばかりに、彼の来る頻度が上がってしまったのだ。

千葉から青学まで電車で一時間半はかかる。
しかも部活が終わってから通勤ラッシュの電車に飛び乗ってくるのだ。

さらにここ数週間は毎日のようにやって来る。


『本当に…、毎日来なくていいんだよ』

『…もしかして迷惑?』

『そうじゃないけど…』


落ち込んだのか、チョコレートパフェをつつきながら、少し下を向く天根くんの彫りの深い顔に、照明が色濃く影を作る。

それが、彼のあだ名の由来になるほどの美しい造作を、より明確にしていた。


『来てくれる事は、とっても嬉しいよ。でもね…』


言い掛けて天根くんをよく見ると、微塵も動かない。


『天根くん…?』


テーブルを乗り出して顔を覗き込むと、微かに聞こえる規則正しい寝息。

そう、これもお決まりのコース。

このファミレスにやってくると、彼は、必ず寝てしまうのだ。


『やっぱり、疲れているんだろうな…』


気持ち良さげに眠っている彼を起こすのは忍びなくて、結局ほとんど語り合えずに、毎回天根くんは帰っていく。

僕は、今では全種類制覇したドリンクバーの紅茶を何杯も飲みながら、彼の寝顔を眺めて、数時間をゆったりと過ごした。



『すいませんでした…』


駅までの夜道を、うなだれた天根くんと一緒に歩く。


『僕は気にしていないよ。寝顔を見てるから飽きないし』

『けど、起こしてくれれば…』


俺が来た意味がない、と肩を落とす天根くん。


語り合うだけが、恋人同士じゃないのにな


『ねぇ、大変だろうけど、また明日も来てくれるかな』


僕は改札口越しに、笑顔で天根くんに話し掛けた。




翌日。


『不二ぃ〜。ダビデっちのお迎え来てるよ〜ん』

『うん、今行く』


部室で英二に声をかけられ、慌てて荷物を抱え上げる。


『お待たせ、天根くん』


天根くんは僕を見つけると、ホッとしたような表情をしてすぐに口をポカンと開けた。


『不二さん…。何ですかその荷物…』


テニスバッグの他に、ボストンバッグを持った僕を見て驚いている。


ふふ、予想通りだね


『さぁ、行こうか』

『行くって…、そっちはファミレスとは逆方向…』

『今日は逆コースだよ』


僕の荷物を背負いながらも、ますますキョトンとした顔の天根くんの腕を引っ張り、僕は歩きだした。


そして今、千葉に向かう電車の中。

僕は昨夜のうちに、幼なじみの佐伯を通じて、今夜オジイの家に泊めてもらう段取りをつけていたのだ。

もちろん天根くんも一緒に。

僕は天根くんの隣に座り、僅かに頭を彼の肩にもたれかけた。


『びっくりした?』

『ビックリもビックリ、ビックリスマスが来たみたい…プッ』

『ふふ、きみを、驚かせたかったんだ』


だってきみには出会った時から、驚かされっぱなしだったから

やたら長いラケットを操ったり
真面目な顔でダジャレ言ったり
僕からの告白にも
きみはダジャレで返してきたよね

突然毎日のように逢いにきたりするのだって


だからたまには

僕からもドキドキをあげなくちゃね


『そんなの…俺は出会った時から驚かされっぱなしだ…ん?』


寝息をたてて眠ってしまった僕を、天根くんは優しい笑みを浮かべ、僕の肩を力強く抱き寄せた。


『不二さんを、オジイの家(うち)に、持参する…プッ』




いつもは一人旅の夢の中

きっときみもすぐに僕の元へ

追い付いてくるだろう



今日はふたりで


手を繋いで行こう


星の海へと向かう

電車に揺られながら







THE END


♪おまけ♪


『天根くん…。僕は、きみが好きなんだ』


『俺は…、白身が好きだ…プッ。あ。もちろん不二さんの方がもっと好きですよ』


笑い合う二人。

そして恋人同士へと…。


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