Flying sex‥


「今日は遠出してきた甲斐あったなあ、不二?」
「うん、さっきの映画すごく良かったよね」

 ――氷帝学園の忍足侑士と青春学園の不二周助。

 夏の始まりに試合会場で出会い、夏の終わりに街で偶然再会した。
 映画館の前、一人で観るよりはと誘った忍足に「僕でよければ喜んで」と応えた不二。
 それから二人は休みが合えば一緒に出掛けるようになった。

 秋になる頃に恋心に気づき……

 忍足の誕生日にはキスをして……

 クリスマスは同じベッドで朝を迎えていた。


 そんな二人が聖バレンタインデーも近い休日の昼下がり、単館上映のラブロマンスを観ようと足を延ばした郊外。思った以上に楽しめた映画の感想を語り合う為、二人は近くの喫茶店の奥の席に向かい合って座った。

「お砂糖は一つでいい?」
 シュガーポットが置いてあるような洒落た店の雰囲気と立ちこめる珈琲の香りが心地よくて会話も弾む。元より同じ俗名を持つ二人は一緒にいてストレスを感じることは殆どない。
「不二の好きなだけ入れたってもええよ」
 うずうずとスプーンを構える恋人が愛しくて、忍足は目を細めて言った。
 店内は幸せそうなカップル達で程よく込み合っている。バレンタイン前の休日らしく女性が男性にチョコレートと思わしき物を手渡す姿も多く見られた。男同士である自分達は本来浮きまくっててもおかしくはないのだが、
「じゃあ七つ……」
「ちょ、それは堪忍や」
 甘さでは他の追随を許さないと思う。
 恋人同士のゆったりとした時間が流れていく。


「羨ましいな……」
 ふと窓際のカップルに視線を奪われた不二が呟いた。
「チョコがか? 自分やったら当日に腐る程もらうんちゃう?」
「じゃなくて、あんな風に堂々と手渡せるのが、ね」
 不二は一瞬、それはほんの一瞬だったが寂しげに微笑った(ような気がした)。忍足に向き直った時にはいつもの柔和な笑みをたたえていたが。
「僕もね、実は用意してあるんだ……チョコレート」
「えっ、ホンマに? 俺にくれるん?」
「他に誰がいるの」
 忍足の大袈裟な驚きようがくすぐったいのか不二は少し含羞んで続ける。
「ここじゃ恥ずかしいから後で渡すね」
 ふわりと微笑って。
「かなわんなあ、そない可愛えコトされたら……」
 忍足はそっと顔を近付けると、掠めるように不二の唇を奪う。
「……!! ぉ、忍足っ」
「ありがとな、不二。もう今夜は帰さへんから覚悟しいや」
「…………もう。キミって普段は凄くクールなのに、時々大胆だよね」
「俺は恋愛には熱い男なんやで。不二こそ普段は結構クールやのに恋愛には奥手やもんなあ」
 そういう所もまた愛しいなと忍足は蕩けそうな眼差しで見つめる。いたたまれず不二は視線を窓の外へ移した。
「……あ、見て忍足、おっきな観覧車だよ」
 隣接する遊園地が見える。
「そうやな。なあ、今から乗りに行かへん?」
「今から遊園地? 楽しそうだけど、すぐに暗くなっちゃうよ」
「ええやん、観覧車ん中で夜景見ながらキスしよ」
「またキミは……」
 忍足は目の前の珈琲を優雅に飲み干すと、
「早よ行こ」
 揚々と立ち上がり不二に手を差し伸べた。
「かなわないなあ」
 花の咲くような笑顔は快諾のサイン。二人はその大きな観覧車のある遊園地へ向かった。


「寒うない?」
 ひとしきりアトラクションを堪能し終え辺りがすっかり夜模様になった頃、二人はあの喫茶店の窓から見えた大観覧車に乗ろうと列に並んだ。
「ん……大丈夫だよ」
「こういう時は寒い言うてくれた方が、大義名分が出来てエエんやけどな」
「何の大義名分?」
 クスクスと笑う不二の肩に手を回し忍足はぐいと抱き寄せる。
「こうやって堂々といちゃつけるやん」
 夜の薄闇が男同士のカップルだという事実を優しくカムフラージュしてくれる。不二も「そうだね」と素直に忍足にもたれた。


「やっと二人きりになれたなあ」
 十数分の後、揺れるゴンドラに乗り込み扉がロックされると、そこはもう恋人達の空間。
「なあ、寒うない?」
「ん……寒い」
 忍足の問いの意味を察した不二が悪戯っぽい瞳で答える。そんな様子に忍足は満足気に口元を綻ばせると、
「あっためたるよ」
 不二を引き寄せ抱き込んだ。背面から抱えられるように忍足の膝の間に座らされた不二は、少し恥ずかしがる素振りを見せたが、すぐに自分を取り囲む温かい腕に掴まる。
「そうだ、今のうちに渡すね」
 そのままの体勢で不二がカバンの中からうぐいす色の包みを取り出した。
「はい、チョコレート」
「おおきに、ホンマ嬉しいわ」
「初挑戦だから味は保証出来ないけど……」
「えっ、手作りなん?」
「うん」
「俺の為に?」
「そうだよ」
 不二を抱き締める忍足の腕に力がこもる。
「あ〜……めっちゃ幸せや、大好きやで不二」
 仰向かせ味わうようにキスを交わした。
「バレンタイン・キッスやな」
 名残惜しげに唇を離すと、しばしの余韻に浸る。
「うん。ね、見て忍足……夜景がすごく綺麗」
「ああ、ホンマ……ずっとこうしてたいわ」
「僕も……」
 ゆっくりゆっくり上昇していく観覧車。
 ゴンドラの軋む音と不思議な浮遊感が二人を夢心地へ誘う。

 ――その時だった。

「……あかん。前言撤回や」
「忍足……!?」
 抱き込まれている為、ほぼ事態を察し強張っている不二の手を、忍足は自らの中心へやんわりと導いた。
「ココ起きてしもうた、不二があんまり可愛えんやもん」
 そこはとても熱く硬い。
「駄目だよ……忍足。こんな所じゃ……僕、出来ないから」
「そう言わんと、な、不二……エエやろ」
「む、無理だってば」
 もう十数分もすれば地上に着くだろう。それにいくら個室とはいえ、目を凝らせば闇に浮かぶ隣室の様子が窺えるのだ。しかし、
「なあ、不二……しよ? このままじゃ降りられへん」
 忍足の甘い低音が耳に響いて、不二の正常な思考を侵食していく。
「大好きや、不二……優しゅうするから」
 切なげな声を吹き込み、耳の中へと舌を這わせて。そのゾクリとする感覚に引き摺られるように、不二は――堕ちた。


 この大観覧車は一周が約17分……後始末の時間などを考慮すると、二人に残された時間は10分強といったところか。
 「優しくする」とは言ったものの、実際どこまで不二の身体に負担をかけないで済むだろう。忍足にとっても、この事態はイレギュラーといえる。忍足は素早く考えを巡らせると不二の足元に移動した。
「忍足……」
 不二が心配気に見つめる。
「任しとき。絶対に気持ちようしたるから」
 忍足はにっこりと微笑むと、不二の左靴だけを脱がせて下着とズボンを足首まで一気に下ろした。
「……ゃ、」
 敏感な部分が冷気に曝されたのと恥ずかしさからかブルっと震える不二。その不二のすらりと伸びた足を掴み、左だけズボンから引き抜くとしゃがんでいる忍足の右肩に乗せるよう促す。
「苦しゅうない?」
「ぅ……ん、大丈夫だ、けど……。そんなトコで喋らないで……ぇ」
 忍足の息が晒された不二の秘所に吹きかかり、その奥の慎ましやかな蕾は生き物のようにきゅっとすぼまる。

 不二の羞恥は最高潮だった。

 こんな恥ずかしいポーズ……隣からは見えていないだろうか?
 下からは見えないだろうが、自分達のゴンドラだけ不自然に揺れていて不審に思う者はいないだろうか?

 群衆の視線の中でこんな行為に耽ようとする自分達は狂っているのかもしれない……。

 しかし、このありえないシチュエーションでセックスするのだ、という事に高揚している自分も確かにいる。

 そして、
「不二……愛してる、一つになりたいんや」
 何より、そんな忍足の言葉に全てを許してしまいたくなる自分もいるのだ。

「うん、僕もだよ……ね、早く、お願い……」
 忍足の眼鏡を外し、こめかみにそっと口づけた。


「不二……ほな、いくで」
 大きく開かれた両脚の内側に忍足の両手が添えられ、不二の谷間が左右に割り広げられる。忍足はおもむろに顔を近づけると、露になった不二の奥の円環をちろちろと舐め回した。
「ああんッ……!」
 普段の不二からは想像出来ない痴態にほくそ笑みながらも、一方では自分自身も実は限界が近い。唾液だけでは時間がかかり過ぎると冷静に思案し、忍足は自らのコートのポケットからある物を取り出した。
 ――携帯用ハンドクリーム。不二に「きれいな指が好き」と言われてから、いつも忍ばせていた。
 忍足は先程の愛撫で少しほぐれた不二の孔を、今度はたっぷりのクリームでマッサージし始める。すっかり勃起した不二の男の部分にキスを落としながら、慎重に指を挿入させてみた。入り口はきついが中は柔らかい。
「忍足……っ、時間がッ」
 ふと見ると観覧車はてっぺんに到達しようとしていた。事態は切迫している。
「堪忍な、不二っ……」
 忍足は指を引き抜くと、自身の膨れあがった熱塊を間髪入れずに当てがった。
「息、吐きい」
 自らも呼吸を整え、腰を一気に押し進める。
「ぅ、くっ……忍足ぃ」
「ふ……っ、もう大丈夫や、全部入ったで」
 忍足はすぐには動かず、しばし不二を抱き締め、この不思議な空間で結ばれている感覚に酔った。
「忍足、大好き……」
「俺もや、不二……」

 観覧車が頂点を通過する。

 気持ちを確かめ合った二人は、今度は互いの身体で確かめ合う……。

 恋人達は空中セックスを存分に楽しんだ。


「これから、どうするの?」
 制限時間ギリギリで行為を終えゴンドラから降りてきた二人は、何事もなかったかのように歩き出す。
「って、今夜は帰さへん言うたやん」
 いつもの会話。
「……これ以上、僕、カラダもたない……よ」
 いつもの空気。
「ん〜帰さへん言うただけで、ヤルとは言うてへんよ」
「…………。」
 それでも、確実に距離が近づている二人がいた。
「もちろん、ヤランとも言うてへんけどな」
「……。」


 その夜、忍足はベッドの中で囁いた。
「不二……ホワイトデーの3倍返し、期待しとってや」

 一ヵ月後も忍足と不二は甘い夜を過ごすだろう。

 もう離れられない……。

 そんな想いが二人を包む、甘くて優しいバレンタイン・イブ──…


 END


◇あとがき◇

 遅ればせながら、バレンタイン忍不二でした(^^)
 サイト一周年記念ということで……☆

 アンケートのコメントで、遊園地の観覧車の中で☆……というのを見て、ちょっと萌えちゃいました。投票して下さった方、ありがとう!
 お相手はリクエストの多かった忍足くん◎

 忍足はラブロマンス好きなのを意識していたら、思った以上に甘々なカンジに仕上がっちゃったかも(笑)

 タイトルには二通りの意味があって、今夜行なわれる筈の行為に対する“フライング”と、もう一つは……言うまでもないですよね(笑)

 皆様にも二人の恋の記念日を堪能してもらえると嬉しいです☆


オトナの書庫へ戻る

- ナノ -